主の公現
1月4日
マタイ2・1―12
クリスマスには、教会がたくさんの人でいっぱいになります。その中の信者でない人たちの中には、もう少し詳しくキリスト教のことを勉強しようと、勇気を振り絞って教会の門をたたく人たちもいらっしゃいます。長い期間をかけて準備し、受洗の恵みを頂かれるのですが、残念なことに教会の中の人間関係につまずいて、教会を離れてしまわれる方々もいらっしゃいます。教会内の人間関係に疲弊して、教会の中にいらっしゃるイエス様を見いだせなくなるのだと思います。
真理を探究する過程で、さまざまなことにつまずきながらも、真理を求め続けた人として、聖アウグスチヌスは、私たちにとって善き模範の一人だと思います。彼は若いころ、善悪二元論のマニ教を信奉したり、懐疑主義に陥ったりしましたが、倦(う)むことなく真理を探究し続け、母モニカの祈りにも支えられて、最終的にはカトリック教会で洗礼の恵みを頂きました。彼が残した次の言葉の中に、彼の生涯にわたる真理探究の姿勢が表れています。「あなたは、私たちをご自分に向けてお造りになりました。ですから、私たちの心は、あなたの内に憩うまで安らぎを得ることができないのです」(告白録)。
さて、今日の福音に登場する占星術の学者たちも、真理を探究する人々でした。彼らは、旅してユダヤの地にまで達するのですが、そこで東方で見た星を見失ったのでしょうか。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と尋ねています。東方に住んでいた彼らが、ユダヤ人の王としてお生まれになった方を拝みに来たのは、「この王様が自分たちの救い主でもある」という強い確信からです。それは、ひとえに神様からの啓示によるものです。彼らは、ヘロデにも呼び寄せられました。それは命がけの面会だったと思います。彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先だって進み、ついに幼子のいる場所の上に止まります。彼らが東方で見た星を、再度見いだした瞬間です。そして最終的に彼らは、母マリアと共におられた幼子に出会い、贈り物をささげて、幼子を拝むことができました。何という喜び。
私たちは、真理を探究する人々のために、幼子イエスへと導く星になることができたらと思います。神様を求める人は、時には星を見失うこともありましょう。しかし、神様の導きがあれば、そしてそれに従って歩めば、その人たちは幼子イエスの元へ導かれるのです。
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