Saturday, December 29, 2012

Theotokos

Theotokos

All'inizio dell'anno la solennità della Madre di Dio La garanzia dell'Incarnazione



decisione del concilio di Efeso è ancora oggi evidente e valida: Maria può essere detta "ma- dre di Dio", non perché ha generato un dio, ma perché ha partorito co- me vero uomo un Figlio che era an- che vero Dio. In questa prospettiva si salvaguardava perfettamente la salvezza apportataci da Cristo, figlio di Dio e figlio di Maria; non è un caso che dopo Efeso ebbero nuovo impulso il culto, la pietà e la devo- zione mariana nella Chiesa.

Molti secoli dopo la decisione conciliare efesina, esattamente l'11 ottobre 2010, Benedetto XVI, durante la prima congregazione generale dell'assemblea speciale per il Medio Oriente del Sinodo dei vescovi, par- lando "a braccio", non ha temuto di ricordare come Theotókos sia un «ti-tolo audace», osservando fra l'altro:

«In questa grande parola Dei Geni- trix, Theotókos, il concilio di Efeso aveva riassunto tutta la dottrina di Cristo, di Maria, tutta la dottrina della redenzione (...). Una donna è Madre di Dio. Si potrebbe dire: co- me è possibile? Dio è eterno, è il Creatore. Noi siamo creature, siamo nel tempo: come potrebbe una per- sona umana essere Madre di Dio, dell'Eterno, dato che noi siamo tutti nel tempo, siamo tutte creature? Per- ciò si capisce che c'era forte opposi- zione, in parte, contro questa parola. I nestoriani dicevano: si può parlare di Christotókos, sì, ma di Theotókos no: Theós, Dio, è oltre, sopra gli av- venimenti della storia. Ma il concilio ha deciso questo, e proprio così ha messo in luce l'avventura di Dio, la grandezza di quanto ha fatto per noi. Dio non è rimasto in sé: è usci- to da sé, si è unito totalmente, così radicalmente con quest'uomo, Gesù, che quest'uomo Gesù è Dio, e se parliamo di Lui, possiamo sempre anche parlare di Dio. Non è nato un solo uomo che aveva a che fare con Dio, ma in Lui è nato Dio sulla ter- ra. Dio è uscito da sé.

Ma possiamo anche dire il contrario: Dio ci ha at- tirato in se stesso, così che non sia- mo più fuori di Dio, ma siamo nell'intimo, nell'intimità di Dio stes- so».

Ciò che ha in- fluito sullo sviluppo del dogma ma- riano nella Chiesa antica è stata so- prattutto la volontà di difendere la verità cristologica dall'attacco delle eresie, e il bisogno di professarla nella sua integrità. Il pensiero di fe- de nel suo movimento di compren- sione dell'"evento-Cristo" coinvolge sempre la persona, il ruolo e il signi- ficato di Maria per la Chiesa. Il dogma mariano è dunque ben inte- grato nella cristologia; la difesa della fede cristologica diventa al tempo stesso attestazione della verità intor- no alla Madre del Signore. Anche nella teologia contemporanea tale rapporto è indagato e approfondito, sia sul versante della diaconia mater- na, che su quello della significanza ecclesiale, tipologica, ecumenica e simbolica di questa Donna di Naza- ret. La maternità messianica, vissuta dalla Vergine con singolare ed esem- plare fede e carità, è stata arricchita dal Signore stesso, come ha insegna- to Giovanni Paolo II nell'enciclica Redemptoris Mater (25 marzo 1987), dalla diaconia salvifica ed ecclesiale; servizio che esprime bene l'asserita iconicità di Maria in ordine alla ma- ternità e al servizio apostolico della Chiesa e del singolo credente a Cri- sto, per opera dello stesso Spirito, al suo Regno e a ciascun redento. La maternità di Maria è stata ed è quin- di vera, reale, umana, cristica, eccle- siale, verginale, femminile, psicologi- ca, teologale, appassionata, globaliz- zante; maternità singolare che l'ha posta come protagonista nell'evento trinitario e insieme antropologico dell'Incarnazione. Per cui la rifles- sione di fede sulla Madre di Gesù è tutta relazionale: non si può parlare di lei senza scrutare i suoi rapporti col Padre, con la persona e l'opera del Figlio, con la persona e l'azione dello Spirito e perciò della Trinità nella persona umana, nella Chiesa dei discepoli, nella storia e nell'esca- tologia.
Infine, in questo 1° gennaio la maternità universale e interrelazio- nale della Madre del Signore, sug- gerisce alla Chiesa di invocarla e di additarla come vera Regina pacis, in quanto, come scrive Benedetto XVI nel messaggio per la Giornata mon- diale della pace 2013, «ogni anno nuovo porta con sé l'attesa di un mondo migliore. In tale prospettiva, prego Dio, Padre dell'umanità, di concederci la concordia e la pace, perché possano compiersi per tutti le aspirazioni di una vita felice e prospera»; una esistenza segnata dalla comune vocazione e impegno alla pace integrale e fraterna.


iPadから送信

Thursday, December 27, 2012

5 per annum C


年間5主日C
ルカ5:1-11   イザヤ6・1-2a,3-8


ペテロたちは自分達は魚を取るということに関しては専門家なのです。イエスは大工の子なのです。シモンの答えにはそういうニュアンスがあったと思います。漁が不作であるなんてことは、漁師にとってはあるいは日常茶飯事のことではないかと思います。漁というものは、夜しかできないものだ、漁というのは、この場所でしかできないものだという自分たちの長い間 積み上げてきた経験というものがあった。しかしそれがいつのまにか固定観念になってしまっていた。
 そういう時にイエスから「沖へこぎ出して網をおろしてみよ」と言われた。どうもこの「沖へこぎだせ」と言う言葉は、深い意味が込められていると思います。自分の経験、人間の知識、それをもっと超えたところに、網をおろしてみなさい、そういうイエスの語りかけではないかと思います。2001年大聖年の終わりに前教皇ヨハネ・パウロ二世は、全世界の教会へ送った文書があります。そのタイトルはまさにこれでした「沖へこぎだせ」(Duc in altum)。2000年過ぎたら、キリスト教はもう知り尽くされている、もうわかった、それほどもう期待していない。ペトロたちの気持ちに極めて近い現代人には、教皇がもう一度、もう一度やりましょうよ、そういう励ましのことばだったと思います。私たちは、教会というものに馴れています。修道院という生活の要領は、もうわかったと、そんなに新しいことは期待できないのだと。そういう私たちに今日こういう言葉が言い渡されます。「沖へ漕ぎ出せ」と、なまぬるい生活に減ったっている場合じゃないと。もう一度チャレンジしなさいと。

専門馬鹿という言葉がありますけれど、専門家というのは、やはり自分たちの経験を絶対化しがちであります。しかし自分達の経験、知識というものがそれほど絶対的なものかということを考えなさいというわけです。
 
 シモン・ペテロは「しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」と言って、沖へこぎ出して網をおろしてみたのであります。信仰にとって大事なことは、この「しかし」という接続詞だとある人がいっております。「しかし」「にも拘わらず」というという接続詞には大切な意味が込められていると思います。信仰というのは、神を信じるということですから、ある時には自分を信じることをけ飛ばして、あるいは人間の経験とか知識とか常識とか蹴飛ばして、飛躍して、「しかし、にも拘わらず」一歩沖へこぎ出す、そういう冒険をしてみる、「しかし」と言って飛び込んでみる、そうしないと信仰にはならないのだとよく言われたものであります。もちろん、なにも闇雲に飛び込むわけではないのです。「しかし、お言葉ですから」という、イエスの言葉、神の言葉、聖書の言葉に対する信頼があって、始めてこの「しかし」という言葉が生み出されるのだと思います。
自分の経験から、こうであるから、こうなる、という理詰め(りづめ)から信仰というものが生まれてくるわけではないのです。ある程度そうした理屈とか論理というのは必要です。われわれは迷信を信じるわけではないし、オカルトとかを警戒しなくてはならないと思います、人間の理性というものがどんなに大事かということはよく知っておかなくてはならないと思います。しかしどんなに人間の知識、経験を積み重ねていっても、信仰はうまれないのです。最後のところでは、自分の知識とか経験に逆らって、「しかし」「にもかかわらず、やってみます」という冒険を必要とするのです。石橋を叩いて渡るのは結構なことなのですが、しかしそれはともすれば、人生のことや人間関係においては石橋を叩いて、結局は渡らないということになりかねないのです。
この時シモン・ペテロがイエスの言葉、「お言葉ですから」というイエスの言葉にどれだけ信頼をもっていたかはわかりません。イエスと一緒の舟にいて、イエスがその舟の中から群衆に語りかける話をどれだけ聞いていたかはわかりませんが、しかし何かを感じ取っていたことは確かだろうと思います。そうでなければ、沖にこきだすこともなかったと思います。ここには、漁がない、それが何日も続いているという人間の行き詰まりと、信頼できるイエスの言葉、それがちょうどタイミングよくぶつかったということであるかもしれません。だから信仰の冒険ができたのかもしれません。われわれの人生にもそういう時というものがあるのではないかと思います。そういう時が与えられる時というのがあるのではないかと思います。最近、キリストの言葉がゆえに行動を起こしたことがあるのでしょうか。完全にわかっていないかもしれない。けれども純粋にキリストのお言葉だから人を赦したとか、今までやっていないことをやり始めたとか。人間的に考えれば納得いかないかもしれないが、いやな人を受け入れてみたとか。

シモン・ペテロがイエスの言葉を信じて、沖へこぎだし、網をおろしてみたら、魚がとれて、その重みのために舟が沈みそうになった。その時ペテロは「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」といって、イエスのひざもとにひれ伏した。「わたしから離れてください」というペテロの言葉はどういう思いでそういったのでしょうか。「わたしは汚れた罪深いものですから、これ以上あなたがわたしのそばにおられると、あなたの聖(とうと)さを汚すことになるから、わたしから離れてください」という意味なのでしょうか。「あなたの聖さをけがしたくない」という意味なのか。それとも、「もうこれ以上あなたのそばにいると、わたしが滅ぼされますから、わたしから離れてください」という意味なのか、どちらなのでしょうか。ペテロはとれた魚の多さで舟が沈みそうになって、「これを見て」そう言ったと記されておりますから、やはり、あなたの聖さでわたしを滅ぼされないために、わたしから離れてくださいという思いの言葉だったと考えたほうがよさそうです。
 預言者イザヤが神殿で聖なる神にお会いした時、そこでケルビムが飛び交い、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主、その栄光は全地に満つ」という声を聞き、神殿の敷居がゆれ動く体験をした時に、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの目が万軍の主なる王を見たのだから」と言うところがあります。そこでは聖なるものに出会った時に、わたしは滅ぼされるという思いをもったのであります。「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ」と言ったのであります。この時もペテロは舟が沈みそうになるのを見て、自分が滅ぼされるという恐れをもって、「わたしから離れてください」と言ったのではないかと思います。自分の汚れで、神の聖さを汚すなんてことはあり得ないので、つまり人間の汚れで神の聖さが汚されるほど神の聖さはちゃちなものではないわけですから、あなたの聖さを汚しますから、わたしから離れてください、というのはおこがましい限りです。
 しかしもしそうしますと、このペテロの言葉は、あの汚れた霊がイエスを見た時に「ああ、ナザレのイエスよ、わたしたちを滅ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。神の聖者です」という言葉と奇妙にも一致しているということになるのではないかと思います。
どこが違うのでしょうか。ペテロは「わたしから離れてください」と言ったあと、「わたしは罪深い者です」と告白しているのであります。預言者イザヤも「わたしは汚れたくちびるの者で、」と告白しているのであります。しかし汚れた霊は、逃げ出そうとしているだけなのです。そこが決定的違うところなのではないかと思います。神の聖さに出会った時に、自分の汚れを知るということ、自分の罪深さを知るということ、そしてそこからもう動けなくなる、ただひれ伏してしまうばかりであるということであります。この時ペテロは「主よ」と呼びかけている、前には「先生」と言っていたのに、もうこの時には「主よ」とよびかけているのであります。
 
 この時ペテロはなにかあやまちを犯したという罪の告白ではなく、聖なるもの(完全なもの)に出会って、自分自身の不完全さをしる、わたしは罪深い者です、と告白するのです。しかし、汚れた霊、悪霊にはその告白はないのです。彼らは確かにイエスのなかに聖なるものを敏感に感じ取ったかもしれない、そして自分の汚れを多少は知っているかもしれませんが、しかしそれを全面的に認めようとはしないのです。そういう悪霊から「あなたこそ神の子です」と告白されても、それは信仰の告白にはならないのです、それでイエスは彼らにものを言うことをお許しにならなかったのであります。

神の恵みはペテロを圧倒いたしました。そのおびただしい魚をみて、舟が沈みそうになるほどの恵だった。それを見てペテロは「ああよかった、こんな幸福なことはない」と、思うことはできなかったのであります。一匹もとれなかった魚がこんなにたくさんとれたというのですから、これは御利益を受けたということなのです。しかしペテロはこの御利益の幸福感にひたってはおれなかったのです。「わたしから離れてください、わたしは罪深い者です」と、告白せざるを得なかったのであります。神がイエス・キリストを通してわれわれに与えられる御利益は、われわれを御利益信仰に自己満足させるわけにはいかない恵なのです。つまり、人間のエゴイズムを打ち砕いてしまう御利益なのです。

 ペテロはこの恵みの経験、この御利益の経験を魚をとるという漁師に活かすことが許されずに、人間を取る漁師となって、この経験を活かしなさいとイエスから命じられて、ペテロはいっさいを捨ててイエスに従っていくのです。ペテロの受けた恵はわれわれを御利益信仰にとどめさせないで、われわれをますます自己中心的な思いにさせないで、そういう思いを打ち砕いて、他者のために、他者を救いに導くために、この経験を活かしなさいとイエスはわれわれにも命じておられるのです。
http://www.t3.rim.or.jp/%7Ekyamada1/luke11.htm

4 per annum C


年間第4主日C
【エレ1:4f,17-19 エレミヤの召命】

ルカ4章21-30節)


 ルカ福音書ではイエスの活動はまだ始まったばかりです。先週の福音(ルカ1章1-4節、4章14-21節)は、イエスがナザレの会堂でイザヤ書の巻物を読み、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と宣言したところで結ばれていました。その結びの部分から始まるのがきょうの箇所です。なお、今回の写真は告知教会から見た現代のナザレの町です。

福音のヒント

   (1)  多くの人はこの話を読んで、話の展開に少し無理があるように感じるのではないでしょうか。22節の「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて」という箇所と、28-29節の「会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした」の間には、確かに大きなギャップがあります。ただ一回のナザレでの出来事と見るには無理があると考えて、ナザレでのイエスの活動を伝えるいくつかの伝承が組み合わされているという見方もあります(確かにイエスはガリラヤでの活動中、何度かナザレに行ったことがあったでしょう)。とにかくルカはここで、ナザレでのある一日の出来事というよりも、イエスのこれからの活動全体を表そうとしているようです。

   (2) 22節の「この人はヨセフの子ではないか」という言葉は、人々のイエスに対する好意的な反応を表すものでしょうか。「ヨセフの子でありながら、こんなに素晴らしいことを語っている!」というような…。だとすると、この後、イエスのほうからケンカを吹っかけるような言葉が続くのは、不自然に感じられるかもしれません。
 むしろ、これは非難めいた言葉でしょうか。つまり、「ヨセフの子にすぎないのに、こんな大胆なことを語るのはおかしい」という意味です。マルコ6章2-3節では、故郷での話の中にこういう言葉があります。「安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。『この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。』このように、人々はイエスにつまずいた」。故郷の人々は、人間的なレベルでしかイエスを見ようとしないので、イエスを受け入れられなかった、ということになるでしょう。ルカ福音書の「ヨセフの子」も同様に考えてよいのではないでしょうか。
 なお、22節で「ほめ」と訳された言葉は「弾劾し」というまったく正反対の意味にもとれる言葉です。こうとったほうが、後の展開には合うかもしれませんが、ここまでの展開からすれば「皆がイエスをほめ」と受け取るほうが自然でしょう。

   (3) エリヤとエリシャはともに紀元前9世紀、北イスラエル王国で活動した預言者です。それぞれの物語は、列王記上17章、列王記下5章に伝えられた有名な話です。「シドン」「サレプタ」はイスラエルの北方、地中海に面した位置にあります。「シリア」はイスラエルの北にある国ですが、その国のアラム人の王の軍司令官がナアマンでした。ともに異邦人に神の救いがもたらされた話です。
 預言者の活動は、狭い民族的な利害に基づくものではなく、神の大きな救いの意思に基づくものでした。イエスもまたそのような預言者として活動しているのです。

   (4) 問題はナザレの人々の狭さでした。彼らは同郷のイエスに期待しますが、それはあくまで地縁血縁に基づく利益が与えられることに対する期待だったようです。そんな彼らにとっては同じガリラヤ地方のカファルナウムでさえ「外の世界」になるのです。この姿勢には、後になってイエスを十字架に追いやっていくユダヤ人指導者たちと共通するものがあります。ルカ20章でぶどう園の農夫のたとえ話が語られています。主人からぶどう園を借りていた農夫たちが、収穫を受け取りに来る主人の「愛する息子」を殺害してしまうというたとえ話です。これに対する人々の反応をルカはこう伝えています。「そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスに手を下そうとしたが、民衆を恐れた」(20章19節)。つまり、ユダヤ人指導層はイエスを自分たちの特権的な利益を脅かす存在として抹殺することになるわけです。このような狭い意識がわたしたちの心のどこかにないとは言えないでしょう。

   (5) 「会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした」というのは極端すぎる反応でしょうか。もちろん大きな期待があったからこそ、その期待を裏切られたときにそれが憎しみに変わるということはあるかもしれません。しかし、それだけでなく、将来起こるイエスの受難と十字架の死を予告するような出来事として、ルカはこのことを伝えているようです。この話は「イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた」(30節)と結ばれています。これはもちろんまだ、十字架の「時」(4章13節参照)ではないからですが、同時にイエスが最終的に「天に立ち去られた」ということを暗示しているようでもあります。
 先週と今週のナザレでの出来事の中に、「貧しい人に福音を告げ知らせる」(ルカ4章18節)イエスの姿と、それを受け入れることのできなかった人々の姿がはっきりと表されています。それは福音書全体の縮図とも言えるでしょう。わたしたちにも、このイエスの福音に心を開けるかどうかが問われています。

----------------

 故郷で敬われないイエス様ご自身、そして数多くの預言者たちのことが今日の福音(ルカ4:21-30)で読まれました。第1朗読で読まれたエレミヤも同じです。エレミヤはバビロン捕囚の直前からユダで活動を始めた預言者です。エレミヤは、自分の国にバビロンへの服従を説いて回りました。エジプトと同盟しバビロンに対抗し、戦おうとする愛国者たちに反対しました。そうしなければ、本当に国がなくなってしまうと、エレミヤは神様から知らされていたのです。実際そのとおりになりました。しかしバビロンに屈服しようとする態度は、愛国者から見れば、国家に反逆するものでしかありません。
 さらにエレミヤの悲劇は、エレミヤが地方都市・アナトトの祭司の家系の人であることです。エレミヤは異教的な要素がある地方神殿を封鎖し、エルサレム神殿に礼拝を集中させようとする改革に協力します。そのため、地方神殿で生活している故郷の祭司たちからも恨まれ、殺害を計画されます。国の人からも、故郷からも恨まれるばかり。
 エレミヤは悩みます。自分は本当に神の言葉を伝えているのだろうか。神様の意思に従って生きたって、いいことなんかない。生まれなければよかった。こんな預言者の生活なんてこりごり。結婚して平凡に暮らそう。そして叫びます「私を産んだ胎は呪われよ」。
 そんな正直なエレミヤに神様は語りかけます。「私を生んだ胎は呪われよだと。とんでもない。私はあなたを、母の胎内に造る前から、知っていた。おののくな。私はあなたと共にいる」。 エレミヤ自身も、やめたくても神様の言葉を告げざるを得ません。やめたくてもやめられない。迫害されると分かりながら。エレミヤは思わず言います。「私の負けです」。

 エレミヤは苦しみが来るとわかっていながら、どうして神の言葉を告げざるを得ないのでしょう。生きていくには様々な苦しみがつきものです。それは取り去られることはありません。そしてその苦しみは、自分だけが抱えていると思った時、いっそう、重く、つらいものになります。しかし神様は言います。「あなたのすべてを知っている。この世の苦しみも悲しみも」。--私の苦しみを知っている人がいる。共にいてくれる人がいる。大きな喜びです。その相手が神様だったら、なおいっそうのことでしょう。でも、知っているならどうして何もしれてくれないのか、苦しみはなくならないのでしょうか。
 神様は自己満足の幸福、この世的な幸福を約束してくれません。お金がたくさんあって、皆から尊ばれ、名前が永久に残り、病気にならず、事故にも遭わず、良い配偶者と子供に恵まれ……。そういう生活は、残念ながら神様ははっきりと約束してくれません。もちろんキリストの掟に従って誠実に行動する中で、多くの信頼を得て、結果的に成功を与えられている人がたくさんいることも事実ですが。

 キリスト教が、この世での幸福や成功を約束しないなら、信じても何の得にもならない、役に立たない宗教なのでしょうか。
 しかしそれでは、多くの人が囚われるお金がたくさんあるという生活が、幸福を保障するのでしょうか。お金があっても、人間の思い、特に家族は、自分の思うとおりにはなりません。 人を思い通りに動かそうと金や力を使ったとしても、金も力もなくなれば、皆離れてしまう。もしそれだけの関係ならむなしいだけです。  愛する人とのつらい別れ・死別も避けることはできません。いくら死をないもののように生きようとしても、結局はごまかしに過ぎません。 物、自己満足の幸福にとらえられているとき、逆に、いつそれらが取り去られるかと、戦々恐々とする生き方になります。
 キリスト教は、あまりにこの世的な幸福に囚われることから解放し、貧しさ、病いや苦しみの中でも、喜びをもって生きられると、人生観、ものの見方の根本的な変化を約束するのです。永遠の命と報いへの希望です。
 しかもただ指し示しただけではありません。イエス様の生き方、またイエス様をそう生きさせ、死なせた神様自体のあり方によって、すでに神様自身が身をもって証しているのです。神様はもう実際に、同じ苦しみを負ってくださった。そういう点でも、共にいてくださるのです。
 それからキリスト教は、それなら貧しさ、病いの中でも、いつも満足して生きればいいと、現状維持、自己満足を説いているのでもありません。かえって貧しさを減らし、病いをなくし、平和のため、愛のために働く使命を持ちます。しかしそのためには、自らが病気になり、貧しくなり、迫害されても、そこにも喜びがあるというのです。
 それをイエス様に倣って実践した人。エレミヤ、フランシスコ、マザーテレサ、ハンセン病のため働いたダミアン神父。いくらでも挙げることができます。幸福は自分が感じるもの。この世的なものがすべてそろっていても、不幸な人はたくさんいます。なのにそれらに無縁だった彼らは、輝くほどの幸せを持って生きたのです。こうした人たちを前にして、金や家族の幸せに囚われている人は言うしかないのです。「私は負けだ」。エレミヤはこうして神様に負け、神様に従う道を生きます。
 私も深い闇にいたことがあります。多くの弱さを抱えた人間に過ぎません。そういう者でも司祭になることがある。その神様のいたずらを、エレミヤと同じ様に、文句を言いたい時、たくさんあります。確かに、この世には苦しみはつきものです。神に従って生きても、この世の苦しみはなくならないかもしれません。しかし神と人への愛のために生きたという喜びと充実感を感じ、満足したときに、これでよかったと人生を振り返ることができるのです。

------


大阪市立桜ノ宮高校バスケットボール部の体罰問題を受けて、マスコミにたくさんの意見が出されました。その中にある新聞には、こういう記事がありました。「体罰を受けても、部活はなかなかやめられない。日本はムラ社会の原理が強く、共同体が生きるすべて(である)。その性格は年功序列(ねんこうじょれつ)、終身雇用など企業に応用されてきた。部活も共同体。スポーツ部の学生の就職が有利とされるのも、部と企業の原理が同じだからだ。つまり退部(たいぶ)は共同体からはずれ、一生の問題となる。また、退部は共同体で生きられなかったことになり、敗者(負け組)ともなる。他人はできても自分はできなかったと。組織が間違っているかもしれないのに、そんな意識が働かない。体罰をなくすには監督崇拝を問い直すことだ。監督がいることはかえってマイナスという考え方をした方がいい。

今日の福音書は、ナザレの村人たちが、イエスを村の外へ追い出し、丘の上から突き落とそうとしたというエピソードを語っています。イエスを拒む村人たち、村というつながりの中に受け入れられないイエス。ここに、村の人々とイエスとの間に異質的なものがあったことを推測できます。きょうは、ここでイエスを受け入れるということがどういうことなのかを考えてみたいと思います。
 さて、常識から考えると、話の展開に少し無理があるように感じるのではないでしょうか。22節の「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて」という箇所と、28-29節の「会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした」の間には、確かに大きなギャップがあります。ただ一回のナザレでの出来事と見るには無理があると考えて、ナザレでのイエスの活動を伝えるいくつかの伝承が組み合わされているという見方もあります(確かにイエスはガリラヤでの活動中、何度かナザレに行ったことがあったでしょう)。とにかくルカはここで、ナザレでのある一日の出来事というよりも、イエスのこれからの活動全体を表そうとしているようです。

22節の「この人はヨセフの子ではないか」という言葉は、「ヨセフの子にすぎないのに、こんな大胆なことを語るのはおかしい」という意味でしょう。つまり、村人たちはイエスという人物の中に、自分たちがいままで生きてきた世界とは異質なものを嗅ぎ取ります。平和でのどかな村のそれまでのつながりを、ゆるがせてしまうような、何かをかぎとったのです。

私たち人間が一緒になって、仲間として互いに助け合って生きていこうとする意識が生まれる土台は、ある場所(空間、土地)を共有することです。同じ国、同じ町、同じ村、同じ地域、同じマンション、同じ学校、などに住むということから、ともにいる、お互いに助け合わなければ、という連帯意識が生まれます。それは、人間の心に自然に生じてくる自覚です。それが、村という狭い世界では、地縁・血縁(ちえん・けつえん)が加わって、さらに強くかたいものになります。先祖代々(だいだい)から受け継いできた習慣や考え方の中で、村人たちは互いに安心し、平凡に暮らします。のどかな平和とつながりを楽しみます。しかし、それはともすれば、保守的で排他的になります。新しい考え方を拒みます。新しい考え方は、変化を促しますので、心に緊張を与えるだけではなく、お互いの中に対立を生み出すことになります。のどかな平和な世界がゆさぶられます。つまり村のつながりの中では、地縁・血縁の理念が先に立ち、なれあいが生まれ、個人の良心的な生き方はきらわれるのです。

イエスと村人たちの食い違いは、ここにあったような気がします。イエスは、人々の良心に呼びかけます。のどかに生きてきた人々の心をゆさぶるような呼びかけをします。人間中心の秩序とつながりの中に、神様中心の秩序とつながりを生みだす必要を訴えたのです。イエスのメッセージの中に、人間中心のつながりを超えて、生きなければならない価値の世界があるという告知です。
これは、「人権」という考え方の始まりです。

イエスは、故郷にもどりましたが、故郷の世界にどっぷりひたってしまうことを拒んだのです。神の世界への自覚を促して、神の世界から新たに人々を包んで、人々のつながりを見直すように求めたのです。神とのつながりですべての人が兄弟であるという大きな転換が、もっと大きな愛に広がることを呼びかけるのです。

地縁・血縁、あるいは同じクラブ活動で固くつながっている世界に、新しい自覚を呼びかけることは、反発を呼び起こします。村八分にされることを覚悟しなければなりません。こうして十字架への歩みが始まります。「山の崖」からおとされそうになったイエス、それはイエスの十字架への歩みが始まっていることを示すものです。人間のエゴイズムを指摘し、神への悔い改めを求めるイエスは、人類と世界から反発を受け、拒まれる必然性があったのです。

キリスト者としてのわたしたちも現代社会の中で反発を受ける覚悟しながら、どうやってイエスの歩みについていくという課題は残ると言えるでしょう。


-------------------
村八部

地域の生活における十の共同行為のうち、葬式の世話(死体を放置すると腐臭が漂う、また伝染病の原因となるため。また死ねば全てを許されると言う思想の現れとも)と火事の消火活動(延焼を防ぐため)という、放置すると他の人間に迷惑のかかる場合(二分)以外の一切の交流を絶つこと(残り八分は成人式、結婚式、出産、病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要、旅行)。また、「八分」は「はじく」(爪弾きにする)の訛ったもので、十分のうち二分を除いたものというのは後世の附会であるとの説もある。
---------------

カトリック教会には修道会が生まれたのは、まさにこの村八分に耐えるためです。




 


3 per annum C


年間第3主日C
ルカ1・1-4;4・16-21

異国に囚われていたイスラエルの民が、解放され、エルサレムに戻る。そんな中、イスラエルの民を力づけるために、聖書が読まれ、その言葉に心打たれ、涙を流す。そんな場面が第一朗読で読まれました(ネヘ8)。また福音書では囚われている人を解放するために、イエス様が来て下さった。そのことは、聖書の言を耳にしたとき、すでに実現したのだと、イエス様は宣言なさいました(ルカ4:21)。
 人間はさまざまの囚われをもっています。ある人は人との関係のしこりをいつまでも持ち続けます。またある人は自分の欠点や自信のなさへの囚われを持ち続けます。また自分の犯した過ち、失敗、あるいは自分の悪い習慣。あるいは金や、あるいはセックスに囚われたままの人もいます。そうした囚われは、決して人を幸福にはしません。そう分かっていても、なかなか手放せません。こうしていつまでも囚われたまま、一生終えてしまう人もいます。しかしイエス様は囚われている人に解放を宣言します。それももう実現したのだと。しかしそれは、どうしたら本当に実現するのでしょう。moseos

イザヤ書で預言されている「主のめぐみの年」には、まず「貧しい者に福音が宣べ伝えられる」ということだと宣言されます。貧しい人がただちに金持ちになることではないのです。福音が宣べ伝える、福音とはなによりも、貧しい者が抱えている借金がもう棒引き(ぼうびき)にされる、もう借金を返さなくてもいいということです。いきなり貧しい者が金持ちになるのではないのです。なによりも借金が取り消されること、赦されることなのです(ヨベルの年)。
 
 ゼロから出発することが許される、こんなうれしいことはないのです。それはいきなり金持ちになることよりも人間としてもっと喜ばしいことなのではないか。もっと張り切れること、生き甲斐が与えられることではないでしょうか。ここで言われている「貧しい者」とはただ経済的な意味のことだけではないでしょう。ここで言われていることは、やはりわれわれの弱さ(罪)が何よりも言われていることだと思います。

 われわれは何かに弱みを握られて生きているようなものです。罪に苦しんでいるものにとってなによりもの福音は、罪が赦されることです。それはわれわれがいきなり聖人にされてしまうということではないのです。けれども、やはりうれしいことなのです。自分の罪を知っているもの、そうしてそれに苦しんでいる者にとってなによりもうれしいのは、もう自分の罪で思い悩まなくてもいい、神様から「わたしは罪のあるお前をそのまま受け入れてあげる、お前の罪を赦す」と言われることなのではないかと思います。それはいきなりわれわれが完璧になることではないのです。自分を見つめればちっとも清くなんかなっていない、それはよくわかっている、それでもいい、と言われることくらいわれわれにとって福音はないと思います。「完璧にされたい」、これは傲慢な思いからくるkかもしれません。赦されて、そこからわれわれは立ち上がることができるのです。清さに向かって一歩一歩自分の足で、自分のペースで歩み出せるのではないでしょうか。
 
 お前なんかだめな人間だ、役に立たない、そういって圧迫されている、そしてそういう圧迫に対してわれわれはそれに反論し、反発する気力もなく、本当にそうだと思ってしまうことはあるのではないでしょうか。そのためにわれわれは打ちひしがれているのではないでしょうか。自分の可能性をフルに生かせないことになります。キリストの与える自由を受け入れると、人生がすぐに変わります。人との関係も変わります。本当の幸せを見つけることになります。「この聖書のことばは、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と。

 私も遣わされた!

 ルカ福音は、なぜイエスがこの世に来られたかを、イエスご自身の口を通して荘厳に私たちに語ります。私たちも自分に問い掛けます。「私は何のために生まれたのか?」と。

 なぜ生まれたのか、生きている意味は何か、本当の幸福を得るためにどうすればいいのかといったことについて考えるのは、哲学的な思想のようにも聞こえますが、今の社会を見渡すと、実は、自分さえ幸せになればいいという自分中心主義で、しかも仕事も恋愛もうまくいき、お金もうけをして何が悪いといったような人は圧倒的に多いという感じがします。関心があるのは自分がより快適に暮らすための自分の幸運、仕事、健康だけで、他人がそのためにどうなるのかは眼中にないようです。最近、恐ろしい殺人事件も増えているのも関係がありそうな気がします。生きる意味は、自分自身へのみ向かう内向き的な考えに呑まれていくばかりです。

 主が私をお遣わしになったのは具体的に何のためなのか、考えるように促されているのです。私たちはイエスを救い主と信じるので、イエスは「捕らわれている人に解放を告げるために」来られたのです。洗礼を受け聖霊をいただく私たちがまずこの解放に目覚めることが大切です。自分のことだけで頭が一杯で、他人に目を向けるゆとりも関心もない自己中心に陥っている私たち、そして自分をむしばむ生き方に縛られている私たちが、イエスの宣言された真の解放と自由を実感し、それをさらに証ししなければならないということが教えられているのです。そのために私は生まれ、遣わされているのです。私の本当の幸せはどこにあるのか。(大塚喜直=京都教区司教=カトリック新聞))

私たちは神に使え、神にささげ物をしたり、香をたいて神に喜ばれるようなことをするのが宗教である、信仰生活であると思いやすい。しかし、ここではイエス・キリストとは、旧約聖書の預言が成就された出来事であると言われている。神のために人間が何かしていくと思っていたのに、神のほうから近づいてこられた。神が私たち人間の世界に働きかけられたというのは、驚くべきことである。聖書が私たちに訴えていることはそれである。そこに他の宗教とキリスト教の違うがある。どうして神を喜ばせていくか、あるいはなだめていくかということではなくて、神が私たちのほうへどのようにして近づかれ、何をされたかに目をとめていくのがキリスト教である。(榎)

----------------


 「冬天(とうてん)に暖景(だんけい)なくば、梅麦(ばいばく)なにをもってか花を生ぜん」。

これは弘法大師(空海)が奈良の元興寺の僧、中璟(ちゅうけい)の罪を赦しを乞い、朝廷に提出し
た文の一節です。
 
冬の厳しい寒さの中でも、わずかに暖かい光が差し掛けるからこそ、春になれば美しい花も咲くのです。

今日の福音書にぴったりのことば、神のことばこそ冷たいこの世に語られ、温かい光となって、たえず新しい命を生み出します。

----------------------



ヘブライ4:15 この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。
 4:16 だから、(私たちは)憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。

不安を取り除くために活用される方法にグループ・サイコセラピーがあります。これは、集団によるカウンセリングで、人生の問題を抱えている人たちの交流をとおして療法をすすめていきます。問題を持っている人にとって、人生の荒波を耐えてきた人が他にもいるということに気づくことは、大きな助けとなりますし、互いに理解し、気にかけ合います。
イエス様は私たち一人一人のことを理解し、気にかけてくださいます。私たちの弱さや誘惑されやすい性質を理解してくださいます。だから、思い悩むときに、「私のところに近づいてきなさい」、「休ませてあげよう」と勧めておられるのです。必要なときに恵みをもって助けるために、私たちを招いて下さっているのです。イエス様とあなた自身とを結びつけて考えてみてください。あなたが、今、経験しているその悩み、痛みをイエス様はご自分の身に感じておられます。イエス様は、私たちのために、誘惑や心の痛み、弱さや拒絶を経験されたのですから。(「平安を得るためのヒント100」、いのちのことば社)

2 per annum C


年間第2主日 C

【ヨハ2:1-11 カナでの婚礼】

最初のしるし

 
 「しるし」‥‥それは奇跡のことです。「しるし」というのは、何かの目印であるということです。何かを指し示すものであるということです。すなわちイエスさまがしるしをなさったということは、単に何かイエスさまが不思議なことをなさった、「あー、すごいね!」で終わらないということです。すごいにはすごいに違いないのですが、そこに意味があるということです。その不思議な奇跡が、何かを指し示しているのです。

宴会の途中でぶどう酒がなくなるというのは大ピンチです。イエスが水をぶどう酒に変えてそのピンチを切り抜けたという話ですが、ヨハネ福音書はこの出来事を、新しい救いの時代の始まりを象徴的に表す出来事として見ているのです。婚礼のイメージは「神と人とが一つに結ばれる救いのイメージ」でもあります。

奇跡です。イエスさまが大量の水をぶどう酒に変えられたのです。‥‥私たちはここで起こったこの奇跡の現象に目が行ってしまいます。「こんなことがあり得るのだろうか」と思われる人もいることでしょう。
 古代の教父(使徒たちの後の時代の教会の指導者で尊敬される人)にアウグスティヌスという人がいます。今から1600年も前の人で、北アフリカの司教です。古代で最も今日に影響を及ぼした教父と言って良いでしょう。このアウグスティヌスが、ここのところの説教で次のように述べています。
「召使いたちが水瓶に注いだものがぶどう酒に変わったのは主のわざであるが、同様に雲が降らせたものがぶどう酒に変わったのも同じ主のわざである。このことは毎年起こるので、私達は驚かない。それは規則的に起こるので、驚嘆の念を失わせる。けれどもそれは、この水瓶の中で起こったこと以上に熟慮されるべきものである。」
 なるほどその通りです。カナの婚礼の時は、水が、すぐにぶどう酒に変わった。だから驚嘆します。しかし考えてみれば、ぶどうの木は、天から降った雨水によって甘いぶどうの実を結ぶ。そしてそのぶどうの実が発酵してぶどう酒ができる。‥‥これもまた水がぶどう酒に変わったのです。考えてみれば不思議なことです。しかしこちらのほうは、いつもそのようになっているので誰も驚かない。しかし「奇跡」ということが、神さまのなさる業だと考えますと、雨が降ってぶどうの木が実を結び、そして発酵してぶどう酒ができるというのもまた奇跡であると言えましょう。すると、神の奇跡は毎日私たちの間で起こっていることなのです。そのことに気がつきなさいと、アウグスティヌスは述べています。

そして、婚宴の世話役も、おそらくは新郎新婦も気がつかないところでその奇跡をなされた。私たちの毎日も、実は私たちの気がつかないところで、主が支えてくださっているのです。助けてくださっているのです。奇跡を行っていてくださるのです。そのことに目が開かれたいと思います。

私たちの人生、長く生きてまいりますと、「こんなものだ」とあきらめるようになる。先が見えてきて、つまらない毎日のように見えてくる。しかしイエス様によれば、後の方から出てきたものが「良いぶどう酒であった」ということが起きるのです。
 
実はヨハネ福音書の語るこのエピソードは、非常に内容豊かなメッセージを含んでいます。
その中に、人間の喜びは天から恵につつまれるのでなければ、もろく、はかなく、崩れやすいものです、というのもあります。事実、喜びの婚宴の最中にぶどう酒がなくなります。ぶどう酒は宴席には欠かすことのできないものです。喜びはささいなことから崩れていくものです。とるにたりないような小さなことがらが喜びをむしばんでいきます。ささいなことであっても注意しないと、それが、心の奥底までつきささってしまうなら、人生のすべての喜びをとざしてしまうこともあります。
 マリアはぶどう酒がなくなったという、小さな、ごく日常的な現象をイエスの前にもちだします。永遠の神の目で見たら、ごくごく小さな、とるに足りないことです。しかしマリアは、それをすなおにイエスの前に置きます。ここから一つ重大なことを学ぶことがだきます。イエスの前に、どんなことでももちょだしてかまわないということです。この問題なら願ってもいい、その問題は願ってはならないという判断を、人間はしなくてもいいのです。祈りの内容の是非についての最終的判断は、祈る本人の仕事ではないということです。その理は簡単です。人間の営みのすべてが、神とかかわっているということです。受肉されたイエスは、人間の生の営みのすべてを背負われたからです。人間となられたイエスの心には、喜びも悲しみも、真の意味で人間的といえるものすべてがひびいていくからです。
「それが、あなたと私になんのかかわりがあるのですか。私の時はまだきていません」
これは、マリアに対する拒絶のことばでもなく、イエスが人間の営みとのかかわりを拒絶したものでもありません。イエスのかかわり方が、人間の営みの次元をこえるものであることを示すことばです。人間の営みを恩恵の営みに引き上げようとすることばです。
 「イエスの時」がヨハネ福音書では重要な意味をもちます。それは、救いの時、恵の世界がひらかれる時です。
 信頼のうちにイエスにゆだねられるなら、イエスはそれを恩恵の次元に高め、つつんでくださるのです。水がぶどう酒に変わるのです。そして、いちばんよいぶどう酒が与えられます。それが「どこから」きたのかと人々は問います。「どこから」つまり天から、上からです。カナの婚宴のエピソードは、どんなささいな人間の営みであっても、天からこられたイエスの力にいだかれ、愛につつまれる時、真の喜びが与えられることを明らかにしたのです。

ある人の話です。その人は5歳の頃、自転車がほしくてたまらなかったそうです。ところが親は危ないからとどうしても買ってくれません。その子は親を恨みます。そうこうするうちやがて自転車への関心もなくなり、小学校高学年になった頃、引越しすることになりその地を離れます。
 そうして20年以上経ち、小学校の同窓会が開かれることになりました。5歳だった少年も、もう30歳の父親。同窓会に参加し、なつかしく昔自分が住んでいた家を探し当てたとき、その男は分かったのです。家の周りは、急な坂ばかりの狭い道。しかも大きな道路の抜け道となっていて、車がとにかく多い。そういえば、と思い出します。幼稚園の頃、家の前で車を見るのが好きで、それだけで1日過ごすことが多かった。  その時、自分がずっと親を恨んでいたこと、それがその自転車を買ってもらえないことに原因があったこと。しかしそれは本当は感謝すべきことだった。子供の願いを拒絶するのも親の愛であった。それらすべてのことを思い出し、理解したのです。
 同じように、小さい子が注射が嫌いで、注射をしないですむようにと祈ることもあるかもしれません。しかし親は必要があれば、注射を打たせるでしょう。それが親の愛なのです。
 マリア様に願いを取り次いでもらう。それはいいことです。ただそのこととすべて願いがかなうこととは別のこと、ということはあり得るのです。それは人間の考える以上の大きな愛と計画が潜んでいるからです。
 自分の願う祈りがすべてかなわないからといって、神様への感謝や賛美、また自分への悔い改めの祈りを失うことがないようにしたいと思います。よく考えてみれば、なんだかんだと言いつつも当たり前に日常を送っている。実はそれだけで、とてつもない神様の大きな恵みの結果なのです。ところがうまくいかなくなると、突然、神様、どうしてと思ってしまう。そうでなく、当たり前の日々を送りながら、感謝もせずにいる自分。そういう自分を反省し、感謝と賛美、また自分への反省の気持ちを忘れず過ごしていきましょう。

--------------------------  

 こうしてイエス様の最初の奇跡、神様と共にいることのしるしが行われます。イエス様の最初の奇跡が、別に深い信仰を持っていた病人を癒したのでも、死からよみがえらせたことでもなく、ただ婚礼の場でぶどう酒が足りなくなったので、水をぶどう酒に変えただけ、というのはちょっと意外です。イエス様は石をパンに変える試みにあって、それを拒否したばかりでした。あまりにこの世的で、もしこんな奇跡を繰り返したなら、ぶどう酒業者として、裕福に暮らせ、またそのお金で貧しい人を救えたとも思ってしまいますが、もちろんそんな形跡はありません。訳の分からない奇跡です。
 この箇所で言いたいのは、神の子イエス様を動かしたのは、マリア様である。それ以外に説明のできない箇所だと思います。確かにマリア様がいたからこそ、イエス様は地上に降りてくることができた。このマリア様に30年も仕えてイエス様は生活してきた。そのマリア様に頼まれたからこそ、こんなの神の独り子のすべきことではないと思いながらも、つい奇跡を行ってしまったイエス様。そうとらえるのがどうも自然のようです。マリア様は、たとえどんな願いであっても、それをイエス様に取り次いでくださる方である。またイエス様の心をさえ動かす力を持っている、奇跡を生み出す鍵であることが分かります。「正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします」とはヤコブ書にかかれたことばですが、これはマリア様についてよく当てはまることばです。マリア様に取り次いでもらうよう、よく祈ることが勧められます。すべての恵みの泉であるイエス様を産んだと言う点で、すべての恵みの仲介者とマリア様は言うことができるのですから。

 ところで祈りには、神様への讃美、感謝、お願い、悔い改めなどがあります。人間はこのお願いの祈りをすることが多く、しかしそれは叶わないことが多い。そのために祈り自体をやめてしまうことが多いのです。しかしそれは本当でしょうか。
 

    

神の母聖マリア 一月一日 Mater Dei Mother of God


神の母聖マリア  一月一日

【ルカ2:16ー21 羊飼いと天使】

きょう一月一日、私たちはさまざまな思いを持ってこのミサに集まっています。そしてともに祈ることでこの一年を始めようとしています。今日のミサは、聖母マリアの姿を仰ぎながら、すべての祝福が御子イエスによってもたらされたことを思い、新しい一年に向けての祝福を祈り求めるという意味があるでしょう。
また、きょうのミサは豊かな内容をもっていますので、その中から、私たちの祈りのポイントを考えてみましょう。

クリスマスから八日目

デパートや商店街では、12月25日を過ぎるとクリスマスの飾り付けはすっかり取り払われてしまいます。慌ただしい年の瀬が過ぎ、やっとのんびりとしたお正月を迎えたところで、クリスマスなんてもうどこか遠くへ行ってしまったような感じかもしれません。しかし、教会では12月24日まではクリスマスの準備の期間(待降節)で、クリスマスからイエスの誕生の祝い(降誕節)が始まります。きょうは主の降誕からちょうど一週間目。きょうのミサの福音はクリスマスの余韻(名残り)を残しながら、イエスの誕生八日目の割礼と命名を記念します。典礼暦から見ると、きょうのミサのテーマの中心はここにあります。教会はお生まれになった幼子イエスの光のうちに新年を迎えるのです。
 赤ん坊のイエス、それは小さな光(しるし)です。しかし、「飼い葉おけに寝かせてある乳飲み子」というこの小さなしるしのうちに、私たちはひとり子を人類の一員として与えてくださった神の愛と救いを見いだします。どんなに苦しいことがあっても、どんなに打ちひしがれていても、神は私たちとともにいてくださる、この(降誕の)喜びと希望のメッセージのうちに教会は新年を迎えました。ひとり子イエスを与えてくださった神の愛に感謝しながら、幼子イエスの光がすべての人に及ぶように、きょう私たちはいのります。

新しい年の祝福

 きょうの第一朗読は民数記にある祭司の祝福のことばが読まれます。答唱詩編も神の祝福を願いながら歌いました。これは福音と関連しているというよりも年のはじめを意識したものです。新しい年の上にまず神の祝福を祈るのです。祭司の祝福で「主が」と三回繰り返されるように、祝福の源は神ご自身であり、祝福とは何よりも神がともにいて恵みを注いでくださるということです。
 昨年一年の間、神から与えられた恵みを感謝しながら、新しい一年も神がともにいてくださるように、そして私たちが神とともに歩めるように祈ります。

神の母聖マリア

 きょうの祝日のタイトルは「神の母聖マリア」ですが、福音朗読に登場するマリアの姿は「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」姿です。マリアは幼子イエスの誕生にまつわるさまざまな出来事を深く心に留め、そのすべての中に神の救いのわざの偉大さと不思議さを感じとっています。
 私たちの身の回りにもいろいろな出来事があります。喜ばしい出来事も、辛く悲しい出来事もあります。新年に向けて私たちは、教会の母マリアとともにこれらの出来事を思い巡らします。私たちも、日々の一つ一つの出来事の中に神が働いておられることを味わっていくことができますように。
 聖母マリアを思い浮かべながら私たちが祈るとき、もう一つ忘れてならないのは、天使のお告げを受けたときのマリアのことばでしょう。「お言葉どおり、この身に成りますように。」(ルカ1・38)私たちにさまざまな願いがあります(お告げを受ける機会に恵まれるかもしれない)。しかし、マリアと同じ深い信頼のうちに、私たちはまず神のことば、神のみ旨の実現を祈りたいものです。

世界平和の日

 新年に世界の平和のために祈ろう、と呼びかけたのは教皇パウロ六世でした。私たちはもちろんそれぞれ自分の家庭の平和や幸福を願います。しかし、それだけではなく、すべての人を救うために来られたキリストを思いながら、きょう、世界中のすべての人と心を合わせて平和のために祈るのです。マリアがイエスをこの世に生んだことによって、本当の平和をもたらした。そのために母マリアの祝日は平和の日となったと思われます。

人間と親しくなろうとする神は人間になって、弱い赤ちゃんとしてお生まれになりました。母マリアは、何が行われているかをよく理解できません。ただ、これらの出来事一つ一つを「心に思い巡らしていた」と書かれています。神のなさることは人間には理解しにくいものです。現代でも神の計画はなかなか理解できないのに、ましてやマリアの時代なら、なおさらのことです。
 強い人が幸せに暮らし、貧乏人はより貧しくなる状況。毎日何万かの子供たちが飢え死にする状況。戦争のために家、家族、すべてを失った難民の状況。神はこれらの状況を、どうしてなくさないのかと考えます。そのときマリアは大切なことを教えてくれます。たとえ私たちが今すぐ、その意味を理解できなくても、とりあえずこれらのことを全部、心のなかで受けとめるのです。そして、自分にできることを神から示されるとき、積極的に自分の役割を果たす決心を立てるのです。

だれもが、子供が生まれると喜びます。その誕生を祝う気持ちがあります。しかし、人々が子供を産み育てることにかつてほどの期待を向けなくなっているという現状があります(少子化社会)。たしかに、実際に生まれてくる一人、二人の子供に対しては、今まで以上に手数をかけ、その誕生を祝い、子育てに強い関心をはらう親が多いと思いますが、もっと根源的な意識の中では、生み育てることがかつてほどの価値を持たなくなっている。換言すれば、そのほかにもっといろいろ追求価値があって、子供を産み育てることは相対的に地位が低下した。
 そしてまた、聖母マリアに象徴されるような、赤ん坊を抱く母親を美化し、理想化する思想もイメージも、かつてに比べてその力をウ失っている。その意味での母性愛神話がすでに過去のものになった現代にとって、聖母マリア・イメージをどうやってもう一度人々が抱きなおすことができるかが、クリスマス(新年)にあたって問われています。実際の母親たちは、その多くが、赤ちゃんに自分の関心も思いやりも愛情のすべてを注ぐという心の状態に、かつてほど安住することができなくなっています。

 母親を美化する思想、価値観が失われただけでなく、実際に生み育てる母親の身になってみると、社会的な仕事もしなければならない。しかし、夫のサポートも、実家の母や姑(しゅうとめ)、ひいては地域社会のサポートもなかなか得られない。母親であることが深刻なストレスを担うことを意味してしまいます。
これら諸条件を改善し、現代女性にふさわしい形で、安心して母と子の二人の世界に安らぐことができるような条件を作り上げることが、クリスマス(新年)を祝うことを契機に大いに工夫されなければならないでしょう。
 新しい年が始まりました。1月1日。「世界平和の日」と定められています。このミサの中で特別に、戦争や分裂、憎しみや飢え渇きなどのない平和な世界が来るように祈っていきましょう。
 教皇ベネディクト16世は2006年度の平和メッセージの中で、平和は真理のうちにこそ達成される。その真理をしっかり自覚することの大切さを強調します。ここで真理とは、すべての人間が平等な尊厳を備え、神の似姿として作られていること。神が人類のため計画を実行されていること。善と悪は存在するのであるが、その存在をすべての人が認識できることを指しています。


主の洗礼 B年  Battesimo del Signore B In Baptismate Domini


主の洗礼 B年  (2009/1/11 マルコ1:7-11)

降誕節を締めくくるのは主の洗礼の祝日です。イエスがヨルダン川で洗礼を受けたのは、イエスが誕生してから30年もたった後の出来事ですが、ここには「イエスの神の子としての現れ」という降誕節のテーマが続いているのです。 同時にこの出来事はイエスの活動の出発点でもあります。主の洗礼の翌日から「年間」となり、福音を告げるイエスの活動の歩みが始まります。


それにしても、イエス様がどうしてヨハネに清めと悔い改めの洗礼を求めたかは理解しにくいかもしれません。本当の効果的な洗礼を定めたイエスは清めも、許しもいらなかったのに、"今はそうさせてほしい"、とヨハネに頼みました。そしてその洗礼を受けてからイエスは御父によって御自分の愛する子として紹介されて、聖霊がイエスの上に下ってきた、とあります。これからイエスは救いの御業を成し遂げることになるが、同時にかれは完全に私たちの仲間としてこの道を歩むことを聖書は強調していると思います。御父はイエスを人類に救い主として紹介したといえるような気がします。神様が送った救い主はこのようなものだよ、といわんばかりです。つまり、イエスは力ずくで救うのではなくて、スーパーマンのようにいいカッコしい救い主ではなく、私たちと同じように生活し、私たちのの弱さ、罪を背負っていく救い主です。自分は罪をおかさなかったが、罪の結果だけを背負って人間と同じように生活し、人間と徹底的に連帯する救い主です。その姿を御父が喜ばれる。私の愛する子といわれる。
トマス・アクィナス(1225?~1274)はとても理解しやすい説明をしています。清められるためではなく、水に清める力を与えるためイエスはその洗礼を受けたと。東方教会の、イエスの洗礼を大切にお祝いしてきた伝統はその意味を深く理解して、川を祝福する水の祝福式を大切にしてきました。物質も救いの世界に迎えられる前触れとして私たちはイエスの洗礼をみているわけです。大自然、被造物全体は救いの世界に迎えられるから、大自然と環境のことをもっと深く考える必要があるのではないでしょうかい。こういう、作られた世界のすべてを積極的に評価する理由や土台は主の洗礼にあるのではないでしょうか?  
http://blogs.yahoo.co.jp/iriki_ch/53633241.html

  

福音のヒント

   (2) 洗礼を受けた後に起こったことも大切です。 (a)天が裂け、(b)聖霊がイエスに降(くだ)り、(c)「わたしの愛する子」という声が聞こえた。
  (a)の「天が裂け」というのは、神がこの世界に介入してくることを表す表現です。イザヤ63章19節には「あなたの統治を受けられなくなってから/あなたの御名(みな)で呼ばれない者となってから/わたしたちは久しい時を過ごしています。どうか、天を裂いて降(くだ)ってください。御前(みまえ)に山々が揺れ動くように」という言葉があります。今日の福音書はこうしたイザヤの叫びへの答えになります。
  (b)の「聖霊が鳩のように」は、「鳩」が翼をひろげて舞い降りるときのように、聖霊に覆われるイメージを表す表現です。 (b)と(c)の出来事について、マタイ、マルコ、ルカは微妙に表現が違います。マルコでは聖霊を体験するのはイエスご自身で(イエスが見た!)、声も「あなたは」とイエスに向かって語りかけています(マルコ1章10-11節)。ルカでは、聖霊が「目に見える姿でイエスの上に降ってきた」と客観的な描写のようになっていますが、声のほうはマルコと同じく「あなたは」とイエスに向かって語りかけます(ルカ3章21-22節)。マタイでは、聖霊が降るのを見るのはイエスご自身ですが、声のほうは「これは」という三人称で周りの人にも聞こえたような印象があります。つまりこの出来事は、一方では、洗礼者ヨハネをはじめその場にいた人々が見聞きすることのできる出来事だったようでもあり、もう一方ではイエスの内面的な体験と見ることもできるようなのだとも言えそうです。この出来事には、イエスが神の子として現されたという面、と同時に、イエスが神の子としての使命を特別に自覚したという面の両方があると考えたらよいかもしれません。

   (3) 「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という言葉の背景には、イザヤ42章1節以下があると言われています。新共同訳ではこうなっています。「1見よ、わたしの僕(しもべ)、わたしが支える者を。わたしが選び、喜び迎える者を。彼の上にわたしの霊は置かれ/彼は国々の裁きを導き出す。2彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷(ちまた)に響かせない。3傷ついた葦(あし)を折ることなく/暗くなってゆく灯心(とうしん)を消すことなく/裁きを導き出して、確かなものとする。4暗くなることも、傷つき果てることもない/この地に裁きを置くときまでは。島々は彼の教えを待ち望む。」 「主の僕(しもべ)の召命」と呼ばれる箇所です。この「僕」のギリシア語訳は「パイスpais」で「家の中の小さい人たち=子どもや僕」を意味する言葉です。福音書の「子」は「ヒュイオス(hyios)」で「息子」を意味する言葉ですが、イメージとしてはつながっています。つまり、この「愛する子」という言葉に、イエスが神の子として、主の僕としての使命を生き始めることが示されているわけです。

  (4) 「あなたはわたしの愛する子」この言葉は、ある意味でわたしたちすべてに向けて語られている言葉だと言えるでしょう。わたしたちの洗礼はわたしたちが「神の愛する子」とされることを表しています。この「イエスのヨルダン川での洗礼→わたしたちの洗礼」というつながりも大切ですが、「ヨルダン川→ペンテコステ→堅信の秘跡」というつながりも大切です。イエスの復活後50日目のペンテコステ(五旬祭)の日、使徒たちの上に聖霊が降り、使徒たちは福音を告げる活動を始めました(使徒言行録2章)。堅信の秘跡は、同じようにわたしたちが聖霊を受けて教会の使命に積極的に参加することを表すものです。聖書の多くの箇所で聖霊は「ミッション(派遣・使命)」と結びついています(新約聖書では、ルカ1章30-35節、ヨハネ20章21-22節などを参照)。弱い人間が神から与えられた使命を果たすことができるように、神の力である聖霊が与えられます。これこそが堅信の秘跡の中心テーマなのです。「自分が神に愛された子であると深く受け取ること」「聖霊に支えられて神の子としてのミッションを生きること」もちろん、それは秘跡の中だけのことではないはずです。どんなときにわたしたちはそう感じることができるでしょうか。

  (5) 「洗礼」はギリシア語では「バプティスマbaptisma」で、元の意味は「水に沈めること、浸すこと」です。洗礼者ヨハネが行なっていた洗礼も、初代キリスト教会の洗礼も、人の全身を水の中に沈めるものでした。いったん水の中に沈み、そこから立ち上がることは、古い(罪の)自分に死んで、新しい(神の)いのちに生きることを意味しています。洗礼者ヨハネにとって、洗礼は何よりも回心(悔い改め)のしるしでした。イエスは罪なき方であったのに、他の人々とともにこの回心のしるしである洗礼を受けました。そこにイエスの、罪人である人間との深い連帯性を見ることもできます。人々とともに苦しみの水の中に沈み(マルコ10・38参照)、人々とともに神のいのちへと立ち上がる、この洗礼の出来事の中に、イエスの生き方全体を表す象徴的な意味を感じ取ることもできそうです。

http://tokyocatholic.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/200811331317_9e87.html

ある人は自分の才能を伸ばし、政治家になって世の中を変えようと思いました。そうやって自分のキャリアを磨くことを追い求め一所懸命仕事をしていました。
 そんな人があるとき、同じ会社で、床磨きだけをもう何10年もしてきた初老の男性のつぶやきをふと聞いてしまいました。「いつかこの仕事できなくなるかなぁ。天国に行ってもやっていたいなぁ」。誰に向かって語ったわけでもない、老人のひとり言。それに衝撃を受けました。
 今まで何も気に留めず、むしろ内心ばかにしていた、単純な仕事を繰り返しているだけの男性。しかしこの人に比べて、はたして自分は、今やっている仕事を天国でも続けてやってみたいと思うだろうか?
 この男性は、自分を磨き、才能を伸ばすことなどまったく無頓着だったでしょう。しかしただありのままに、自分のできること、自分のしたいことを黙々と、生きがいをもって、何10年もし続けている。それに比べて自分は。いつも背伸びし「自分を高めよう。競争に勝てるようになろう」。そんなことばかり考えている。人を見ればいつもライバルと思い、蹴落とすことばかり考え、自分が評価されなければ、頭にきてしまう。こんな毎日の仕事。とても天国でし続けたいことではない。この世の中で十分……。いったい自分のしてることは何なのか。

 自分のありのままの姿。自分の置かれている場所。それをそのまま受け入れていくことに、幸いの一つがあります。
 パスカルは「パンセ」という書物の中でこんなことを語っています。
 「自分の惨めさを知らずに、神を知ることは、傲慢を産む」。イエス様が批判したファリサイ派や回心前のパウロのことを思い浮かべればいいのでしょうか。彼らはただ自分たちだけが神に従っている正しいと思い込みました。自分の惨めさを知りませんでした。そして罪を犯さざるを得ないもの、自分たちと違う考えをするものをばかにし、迫害し、牢に入れたのでした。
 パスカルは述べます。「神を知らずに、自分の惨めさを知ることは、絶望を生む」。人間は誰でも、いつか自分の惨めさに気づくときがあります。たとえば自殺してしまったユダ。ユダの悲劇はゆるす神、愛の神を拒否したことから起こりました。そして自分のどうしようもない惨めさを知ったとき、ただ絶望し、自殺するしかないと思ってしまいました。一方ペトロは自分の惨めさ、イエス様を裏切るという自分の惨めさを知っても、ゆるす神、祈ってくれている神を知っていました。だから絶望することなく、回心し、イエス様に付き従っていくことができました。
 神は、深く回心したものを必ず赦します。この憐れみ深い神を知らないで自分に絶望するもの。たとえば思い犯罪を犯した人間が再び同じ過ちを犯すことがあります。この理由の一つには「もう自分は誰からも愛されない、自分は地獄に行くしかない。それならばどうなってもいい」。そんな絶望からきます。
 またパスカルは述べます。「自分が惨めであることを知るのは惨めなことだが、人間が惨めなことを知っているのは偉大である」。ペトロは裏切った後、初めて自分が本当に惨めな人間でしかないことを知りました。そして回心し、イエスの復活を宣べ伝えていくときに、たびたび自分の惨めさを思い出しては、後悔の涙を流したと言われます。しかしだからこそ、かつてのユダヤ教の宗教指導者のように傲慢になることなく、人を裁くだけにならず、そして自分の裏切りの場面も、そのまま聖書に記録することを、初代教皇として許し、むしろ勧めました。自分に続くキリスト信者が同じように傲慢から間違いを犯さないように。ここに自分の惨めさを知った人間の偉大さがあります。

 自分を必要以上によく見せようと背伸びしてないでしょうか。そのためにただ自分を磨き続ける男性。それよりもありのままの自分を受け入れながら、どんなことも神が私に与えてくれたことと受け止める。そうしてたとえ些細なことであっても謙そんに忠実に仕上がるとき、神の国の一員としての役割を立派に果たすことになるのです。自分をよく見せるのでなく、ささいなこと、床を磨き上げ、きれいな床を見せることにも、立派な価値があります。
 私たちも洗礼者ヨハネがそうであったように、自分のために、自分を人々に見せるのでなく、イエス様のために、自分の背後に働くイエス様を世界に見せるために、イエスさまの望むことを、謙そんに、一つ一つ、着実に、果たしていきましょう。
  moseos



Monday, December 17, 2012

Christmas Day


御降誕祭 日中のミサ

ヨハネ1・1-18


ことばにはいろいろあります。あたたかい言葉、冷たい言葉、人を傷つける言葉、人を励ます言葉、内容のあることは、うわっつらな言葉。わたしたちの心は、この言葉によってそうとう左右されています。とげ(毒)のある言葉で心は傷つき、冷たい言葉によって、ときには失望したり、はては絶望してしまうこともあります。逆にあたたかい言葉によって、心の安らぎをおぽえ、内容(知恵)のある言葉によって、ひらめきを得たり、大きく飛躍し、羽ばたいていったりすることもできるのです。
さて、言葉がわたしたちの希望となり、言葉がわたしたちの人生を照らし、言葉がわたしたちをほんとうにあたためるとはどういうことでしょうか。そうなる言葉の条件はいったいなんでしょうか。
たとえば、ある青年が悩んでいるとしましょう。彼は、恩師(信頼できる人)のところにいき、その悩みを打ち明けます。恩師は彼の苦しみを感じ、彼の痛ましい姿を心に受けとり、その痛ましい姿を見て見ぬふりをすることができなくなります。恩師の心はやさしさにみち、この痛ましい姿に共感します。そこからこの青年をなんとかしてあげたい、という思いがわいてきて、そしてそれが助言の言葉となっていきます。当然言葉をかけるまえに、どういうことをどういってあげたらいいのか、この青年の将来のためにどうしたらいいか、考えると思います。そして、自分のいままでの人生経験に照らして、真剣に考え、自分の思いをまとめ、そしてそれを言葉にしていきます。こうしたことばは、この青年の希望となり、励ましとなるわけです。つまり、言葉が、希望になり励ましになり、その人生を照らすものとなるための条件とは、一つは愛であり、そしてもう一つはその人格の深さ、経験の深さ、これだと思います。
言葉になるまえに、相手の存在を自分の中で感じとる。そして痛ましく思う。それをほんとうに深いところで、自分の全体で感じとってしまう。そういう相手に対する思いやりがまず第一です。この思いやりのない、相手に対するやさしさのない、相手を痛ましく思うことのない心からでる言葉、それは冷たい言葉になります。相手を傷つける言葉になります。実際に役に立つことのできない言葉になってしまいます。

それでは、こういった面でキリストはどうだったでしょう。キリストは神の愛からでてきたかたです。天のおん父はおんひとり子を与えてくださるほどこの世を愛されたとあります。天のおん父は、わたしたちの痛ましい姿をごらんになり、その痛ましい姿をしっかりと受けとって、見て見ぬふりをすることがおできにならない。そういうところからでてきたキリストの誕生です。キリストにはまず愛があります。キリストの姿の背後にはまずわたしたちに対する限りのない愛があります。思いやりからでる言葉、わたしたちをほんとうに痛ましいと感じることからでてくる言葉、これは、やはりわたしたちの希望になるはずです。キリストは、まさにそういうかただったということです。
しかもそれは、たんなる思いつきからでてくる言葉でもありません。人間をほんとうに育てるためになにが必要なのか。人間をほんとうに導くためには、どんな光が必要なのか。人間を罪の病からほんとうに解き放すためには、どのような恵みが必要なのか。じっくりと考え、しっかりと人間をみつめながら、わたしたちのために父なる神様が心をひらいてくださった、それがキリストだというわけです。キリストの中には、わたしたちへの神の愛がこめられています。そしてキリストの中にわたしたちの人生をいやし、照らし、導き、完成しようとする神の思いがすべてこめられているのです。キリストはまさに神の最高の言葉といっていいのです。
そしてもう一つ、忘れてはならないことは、言葉はいのちであるということです。言葉にはその人の内面のいのちがすべてこもっているということです。恩師の言葉、その中には恩師のいのち、その人生がすべてあるということなのです。言葉には、恩師の生きてきたいのちそのものがこめられているはずです。そこで、恩師の言葉をすなおに心から受けとれば受けとるほど、恩師の人格が伝わってきます。恩師のいのちが伝わってきます。いのちを伝承することができるわけです。
ですから、神の言葉には、神のいのちそのもの、神の内面の生命そのものがこめられていると考えてもまちがいではありません。つまり、キリストはわたしたちに向かって神のいのちを伝えてくれるかたでもあるのです。たんに、わたしたちのための神の愛というだけではない。わたしたちの人生を照らす光というだけではない。神のいのちそのものをわたしたちに伝えてくださる、そういった言葉であるということです。このようなキリスト、神の言葉としてのキリスト、それをわたしたちはしっかりとみつめなおす必要があると思います。キリストの中に神のわたしたちに対する光がある。わたしたちに与えようとする神のいのちそのものが、生きているということです。

JUAN, 1, 14
No sera menos un enigma esta hoja
que las de Mis libros sagrados
ni aquellas otras que repiten
las bocas ignorantes,
creyendolas de un hombre, no espejos
oscuros del Espiritu.
Yo que soy el Es, el Fue y el Sera
vuelvo a condescender al lenguaje,
que es tiempo sucesivo y emblema.
Quien juega con un nino juega con algo
cercano y misterioso;
yo quise jugar con Mis hijos.
Estuve entre ellos con asombro y ternura.
Por obra de una magia
naci curiosamente de un vientre.
Vivi hechizado, encarcelado en un cuerpo
y en la humildad de un alma.
Conoci la memoria,
esa moneda que no es nunca la misma.
Conoci esperanza y el temor,
esos dos rostros del incierto futuro.
Conoci la vigilia, el sueno, los suenos,
la ignorancia, la carne,
los torpes laberintos de la razon,
la amistad de los hombres,
la misteriosa decocion de los perros.
Fui amado, compredido, alabado y pendi de una cruz.
Bebi la copa hasta las heces.
Vi por Mis ojos lo que nunca habia visto:
la noche y sus estrellas.
Cono ci lo pullido, lo arenoso, lo desparejo, lo aspero,
el sabor de la miel y de la manzana,
el agua en la garganta de la sed,
el peso de un metal en la palma,
la voz humana, el rumor de unos pasos sobre la hierba,
el olor de la lluvia en Galilea,
el alto grito de los pajaros.
Concoc i tambien la amargura.
He encomendado esta escritura a un hombre cualquiera;
no sera nunca lo que quiero decir,
no dejara de ser su reflejo.
Desde Mi eternidad caen estos signos.
Que otro, no el que es ahora su amanuense, escriba el poema.
Manana sere un tigre entre los tigres
y predicare Mi ley a su selva,
o un gran arbol en Asia.
A veces pienso con nostalgia
en el olor de esa carpinteria.

Jorge Luis Borges, Elogio de la Sombra, 1969



JOHN 1:14
This page will be no less a riddle
than those of My holy books
or those others repeated
by ignorant mouths
believing them the handiwork of a man,
not the Spirit’s dark mirrors.
I who am the Was, the Is, and the Is To Come
again condescend to the written word,
which is time in succession and no more than an emblem.
Who plays with a child plays with something
near and mysterious;
wanting once to play with My children,
I stood among them with awe and tenderness.
I was born of a womb
by an act of magic.
I lived under a spell, imprisoned in a body,
in the humbleness of a soul.
I knew memory,
that coin that’s never twice the same.
I knew hope and fear,
those twin faces of the uncertain future.
I knew wakefulness, sleep, dreams,
ignoran ce, the flesh,
reason’s roundabout labyrinths,
the friendship of men,
the blind devotion of dogs.
I was loved, understood, praised, and hung from a cross.
I drank My cup to the dregs.
my eyes saw what they had never seen-
night and its many stars.
I knew things smooth and gritty, uneven and rough,
the taste of honey and apple,
water in the throat of thirst,
the weight of metal in the hand,
the human voice, the sound of footsteps on the grass,
the smell of rain in Galilee,
the cry of birds on high.
I knew bitterness as well.
I have entrusted the writing of these words to a common man;
they will never be what I want to say
but only their shadow.
These signs are dropped from My eternity.
let someone else write the poem, not he who is now its scribe.
Tomorro w I shall be a great tree in Asia,
or a tiger among tigers
preachin g My law to the tiger’s woods.
Sometime s homesick, I think back
on the smell of that carpenter’s shop.

ヨハネによる福音書 一章十四節

(ホルヘ・ルイス・ボルゲス、 斉藤幸男訳 『闇を讃えて』 水声社 18頁以下)

この紙片が謎となるのだ、
わたしの聖なる書物の一葉一葉よりも。
そしてまた人々の愚かな口先が
聖霊の朧気(おぼろげ)な反映とはつゆ知らず
人間の手になるものと看傲しては繰り返す
かの聖なる諸節なぞよりは。
ある、あった、あるだろうわたしは
絶え間のない時であり表象である言葉へと
ここに再び立ち返るのだ。
子供を相手に戯れる者は
何かしら身近で不可思議な存在と戯れている ―
わたしの子供らと戯れようと
驚きと優しさに満ちてわたしはその中にいた。
不思議な力が働いて
奇(くす)しくも胎内からわたしは生れ出た。
魔力に搦(から)められ身体の虜となって
取るに足らぬ人間としてわたしは生きた。
その度に姿を変える硬貨 ― 記憶を
わたしは知った。
期待と恐れ 一 不確かな未来のふたつの顔を
わたしは知った。
目覚めと眠りと夢を、                
無知と肉体を、
から回りする理性の迷宮を、
人と人との友愛の心、そして              
犬たちの不可思議な献身をわたしは知った。       
愛され理解され崇められ、十字架に吊るされた。
澱(おり)まで杯をなめ尽くした。
わたしの両の眼が未だかつて見たことのない
夜と星屑とを見た。
すべすべした、さらさらの、不揃いの、ざらざらしたものを、
蜜と林檎の味わいを、
乾いた喉を潤す水を、
掌にのせられた金属の重みを、            
人の声を、小草を踏みしめる足音を、
ガリラヤに降る雨の匂いを、
鳥たちの甲高い鳴声をわたしは知った。
そしてまた苦味をも知った。
さる男に書き取るように頼んだ
もはやわたしの言いたいこととは異なって
ただその反映にすぎないものを。
これらのしるしはわたしの永遠からこぼれ落ちるのだ。
傍らにいる書き手その人ではなく別の誰かがこの詩を書き取って欲しいものだ。
明日にはわたしはアジアの巨樹となり、
虎たちに混じる一頭の虎となって、
森なかで自ら法を説くことだろう。
時には懐かしさのあまり
あの仕事場の木の匂いを思うだろう。

Christmas Vigil


主の降誕(夜半のミサ)C
【ルカ2:1ー14】 

宿屋には彼らのために泊まる場所がなかったからである。
ルカ2・7参照

母マリアは、生まれたばかりの赤ちゃんを飼い葉おけに寝かせたと書いてあります。なぜなら、宿屋には彼らのいる場所がなかったからです。ということは、人々の心に場所がなかったということでしょう。私たちの心は自分のことで一杯で、人のことを考える余裕はありません。とくに自分の苦しみの時はそうです。
二千年まえのこの時も、皆それぞれ自分のことに忙しくて、この貧しいヨセフとマリアに、
かまっているひまはなかったのです。私たちはまず、自分のことを最優先します。それから、
自分に関係の深い物事に関心がいき、もし時間があれば神のことも考えるのです。つまり、神
の場所はいちばん後回しになりやすいのです。神は、文句を言いませんから。
ところで、私たちが生きるために、物理的な場所と同時に心理的、精神的な心の場所も必要
です。赤ちゃんでさえ、母親のおなかに物理的に存在したにもかかわらず、母の心に自分の場所がない時に、大きなショツクを受けるといいます。私たちも周りの人々の心の中に場所がないと
感じる時、大変つらくなります。いじめというのは、その人の心の場所を奪うことでしょう。
イエス様が人間としてこの世に入られる時、受胎することをマリアが承知しました。つまり神の子のために、物理的な胎内という場所のまえに、マリアの心に場所があったということでしょう。次にイエス様はヨセフの心に場所を見いだし、馬小屋の中でこの世に物理的な場所を持たれ、次いで羊飼いたちの心、三人の博士たちの心にも場所を広げられました。

私たちの心が自分のことで一杯で、他人の場所がない時、他の人の心にも自分の場所がない
ことを表します。他の人だって、自分のことで一杯なのですから。自分の心に他の人の場所を
つくらないで、人にだけ私の場所をつくれとは無理な相談です。私がまず、私の心に人の場所
をつくる時、人も私の場所をつくってくれる可能性が生まれます。心に人の場所をつくれるということは、その人の心の広さを表し、その人の人格のすばらしさを示すのです。逆に自分で一杯ということは、その人の心の狭さを示します。

いちばん簡単でよい方法は、人を愛することでしょう。自分のために人を愛するのではなく、その人のために愛する時、いつの間にか私の心をその人が占領します。しかも私は少しも損だとは思いません。愛していない時に自分の時間、場所を少しでも犯されると腹が立ち、損をしたと思ってしまいます。

では神の場所は、どうでしょう。ついつい神の場所は後回しになって、困った時や苦しい時ぐらいしか、神を思い出さないこともあります。私たちが神を忘れても、神は私たちを忘れませんけれど。私たちが神の場所を設けなくても、神の中の私たちの場所がなくなることはないでしょう。しかし私たちが物理的、時間的に私たちの心に神の場所を設けないなら、神の中の私たちの場所を、自分で閉ざしているのです。

親の心には子どもの場所がいつもあります。しかし子どもが親のことを無視していれば、そこにある自分の場所をも無視していることになりますし、場所があることに気づかなくなるのです。子どもが心から親を敬う時、親の心の中にある自分の場所を、いちばん大切にしていることになります。
ですから神のために、一日のうち五分でも十分でも、場所をあける必要があります。しかし
それはこの五分間に、神を閉じこめることではありません。私の狭い場所に神をおしこめて、
私の願いを聞いてもらおうとすることではありません。神は私の召し使いではないのです。神
は私の一部分をほしいのではなく、私全部をほしいのです。つまり私の場をご自分の場にした
いのです。
神を私の場に閉じこめることではなく、私の場が、神の場の中に開かれることを望むのです。
私の心を神にあけ渡す時、神が私の場となられるのです。そのことを表現する手段として、物
理的に時間的に一日のうちの五分を神にあけ渡すのです。神こそ私の全部の場なのだ、という
ことを忘れないために、五分をささげるのです。
神の国は物理的でも心理的精神的な場(スペース)でもありません。まったく霊的な場を持つ国なのです。ただ私たち人間は、それを物理的時間的に表現する必要があるのです。神の国は武器の力によって獲得する国とは違い、愛の力によってのみ成立する国です。私たちが神を愛する時、
その国の愛の支配の中に入るのです。心に神の場所を設けるということは、その人の心がとてつもなく広いということを表します。他人のことを考えられる人は、すばらしい人です。だったら神のことを考えられる人は、何とすばらしい人てしょう。

このクリスマスにあたって、私たちの心に幼子イエス様の場所を作りたいと思います。それはイエス様の場の中で私たちが生きるためです。私たちが狭苦しい場から、イエス様の広い場へ移るとき、私たちは本当に自由になるでしょう。狭い自分の広場から飛び出て、広大な神様広場、イエス様広場、愛の広場に開かれるとき、私は私から自由になって、お互いにこころから兄弟姉妹を愛せるでしょう。神様広場、イエス様広場では、すべての人間がまったく平等なのですから。

今晩、世界中の人々と心をあわせて、幼子キリストの誕生をともに心から祝いたいと思います。クリスマスおめでとうございます。(静)

世界中の国では、クリスマスとなると、(ちょうど日本のお盆の時のように)、なにをおいても、このときばかりはと、それぞれ家族のもとに帰り、一家団欒(いっかだんらん)の大切なひとときを、ともにするのが慣わしです。家族や肉親が久しぶりに再会し、ともども主の降誕を祝い、感謝し、親子・兄弟の絆を強めるとともに、そのような善意と平和が、くまなく全世界に広まっていくことをキリスト教徒たちは祈り願っています。日本では、年の瀬、大晦日に除夜の鐘とともに、しんみりと、この一年を、あるいは、これまでの自分の人生を回想し追憶します。そこに、至らぬ自分、あるいは逆に、満ち足りた自分の姿を見るのかもしれません。いずれにせよ、このシーズン、感謝と希望のうちに一人でも多くの人々が、古い自己を脱却し、遠大な思想にたち帰り、「いと高き天においては神に栄光、地においてはみ心にかなう人々に平安」という聖書のこの言葉が一人一人の心に響きわたりますように。

「あなたは夜に来ます
私たちの心のうちはいつも夜です。
ですから、主よ、いつも来てください。

あなたは静かに来ます
私たちはお互いに何を言えばいいのか分からなくなった。
ですから、主よ、いつも来てください。

あなたは寂しいところに来ます。
私たち一人一人はますます寂しく感じます。
ですから、主よ、いつも来てください。

来てください、平和の子よ。
私たちは平和とは何か知らないのです。
ですから、主よ、いつも来てください。

私たちに自由を与えに来てください。
私たちはますます奴隷になっています。
ですから、主よ、いつも来てください。

私たちを慰めに来てください。
私たちはますます悲しくなっています。
ですから、主よ、いつも来てください。

私たちを探しに来てください。
私たちはますます迷子になっています。
ですから、主よ、いつも来てください。

私たちを愛するあなた、来てください。
まずあなたと一緒でなければ、
誰も兄弟姉妹と交わることはできない。

私たちは遠くに行ってしまって、迷い込んでいます。
何をしたいのか、私たちは誰であるのか分からなくなった。
主よ、来てください!
主よ、いつも来てください。

(D・M・トゥロルド)

--------------------

神様とは全能の、宇宙の作り主、時と場所を越えて存在する方です。それに対し人間とは、有限の、時と場所に縛られる小さな存在に過ぎないものです。このクリスマスとは、その全能の神様が有限な人間になったことをお祝いする日です。それにしても「神が人間になった」、これはいったい何を意味するのでしょう。

こう考えると「水戸黄(こう)門」(江戸時代前期)を思い出します。
 水戸黄門は、ご承知のように徳川光圀(みつくに)の別名で、「先(さき)の副将軍」(権力者)であるのですが、その身分のままでは気ままな旅ができないので、「越後のちりめん問屋の隠居(いんきょ)・三右衛門(さんえもん)」と名を変え姿を変えてお忍びで、格さん助さん(家来)を従えて旅をします。そして肝心な時には、いよいよその本来の身分をあらわして、葵の紋(あおいもん・みつばあおい)をかざして「頭(ず)が高いぞ!()無礼者、あたまの下げ方足りない)」とやるわけです。「ザ・権力」です。
 この場合は、あくまでも「町人の振り」をしているまでです。本当に町人になったのではない。見せかけです。

 ダミアン神父(1840-1889年、1995年列福)。彼は33歳の時、ベルギーからハワイ諸島のハンセン病患者が追いやられていたモロカイ島に志願して渡り、600人もの患者と共に生活した宣教師です。彼は自分も病気に感染しますが、そのとき、こう喜んで言いました。「私自身がハンセン病になった。これまで以上に人々に近づき、絆をもっと深めることができる」。彼はやっとこれで本当に自分は患者と兄弟になれたと思ったのです。「あなたたち」が「私たち」に代わったからです。こうして49歳で亡くなるまで、彼はハンセン病患者の司祭として働きました。
 実は神様も同じでした。神様は人間のことをとても心に掛けていました。自分に似せて作った人間、でも神から背いてしまった人間をなんとかして救いたいと思っていました。そこでイスラエルの歴史の中で、繰り返し夢に現れたり、預言者という人間の口を借りながら、それとなく介入しては、自分の考えを伝え、なんとか人間との関わりを持とうとしてきました。しかし人間の不満はいつも同じでした。
 「私たちには食べ物が必要だ。すぐに疲れれば、痛みも感じる。寝るところが必要だし、お金のために働かなければならない。雲の上の、霊的な話ばかりしてもらっても困る」
 かくしてイスラエルの歴史は、人間の神への拒絶と、また神への立ち戻りの繰り返しでした。
 それでも神様は御自分が大切に作った人間を、単なる奴隷でも慰めでもなく、本当に大切に造った人間、だからこそ自分に逆らうことも許した人間を救いたいと思ったし、どんなに人間を大切に思い、愛しているか示したかったのです。
 そこで神様は決断しました。神様自身が人間となって、人間の肉体の弱さもそっくり抱えたままで、それでも神様に従うことができる、その見本を、本当に示そうと。そこでこの世に現れたのが、神様の独り子イエス様でした。
 私たちは同じ者には心を開き、その声を聴くことがたやすくできます。そこでさまざまな自助組織ができています。アルコール依存になったものが同じ苦しむ人を救う会、犯罪被害者になったものが犯罪被害者を助ける会などの活動を見れば、分かります。彼らの援助には、同じ苦しみを負ったものとして、すぐれたカウンセラー以上のものを期待できるのです。
 ところで、神様が人間になること。このことは神の独り子にとっても、大変な犠牲だったのです。すべて見通せていたものが肉体に閉じ込められるものになり、死なないものが死に縛られるようになる。カフカは短編「変身」(1915)の中で、ある朝、目をさますと、自分が巨大な虫に変身したセールスマンの孤独を描きました。神が人間になるとは、このように人間が、自分の頭脳をそのまま持ちながら動物になる、そんなことよりも、もっと大きな犠牲と勇気が必要でした。神の子はさらにまったく無力な赤ちゃんになりました。人間に任せきりになって、人間に自分の命をそっくり任せたのです。そしてそんな大きな犠牲を払って生まれてきた神の子イエス様だからこそ、人間の間違った裁きにさえ従って、十字架の死を最期に身に受けることができたのです。
 神様が人間という目に見える姿をとって、人間の歴史に直接入り込んで下さった。神様の考えをはっきりと知ることができるようになった。かつて人間の祖先が背いて以来、溝ができた神様との関係をすっかりもとに戻すこと。それらが神様の子・イエス様の誕生によってできるようになったのです。そこまでして神様は人間を救おうとしてくださった。だからこそ教会はこのことを感謝し、最大のクリスマスのお祝いをするのです。
 しかしこのような人間になった神という考えは、ユダヤ教の伝統やイスラム教などから見れば、とんでもない過ちということになるでしょう。全能無限の神が、限られた人間になることはありえない。神は絶対的、超越的なものであるとユダヤ教などは考えるからです。しかしキリスト教は、そこまで人間の間に入り込んでくださり、私たちと同じになってくださっても、深い人間への愛を示してくださった神様の業を何より大切にするのです。
 そしてまた私たちはイエス様の生き方によって、希望を持ちます。なぜなら人間となった神の独り子イエス様は、誘惑にあい、痛み、泣き、苦しみ、神の子が神に見捨てられた感覚をも持ちながらも、それでも神様に従って、神の御心にかなう生活をすることができた。そのことで私たち人間も、神様のように生活していくことができる、その希望が与えられているからです。
 人間になったイエス様が、神の子としての使命を立派に果たしていった、その希望に支えられながら、その神様の愛に応えるために、私たち一人ひとりも、自分中心の立場から、人の立場に立って、同じ身になって思いやりながら生きていく、そういうものに変わっていくのです。Moseos