Sunday, September 18, 2016

27 模倣の形と典礼の形

27 模倣の形と典礼の形

ミサ聖祭は、キリストという方と、その贖罪的運命の記念である。いうまでもなく、記念のあり方は様々であり、その一つはモニュメント(記念碑)である。モニュメントとは、忘れがちな人々に、何かがあったということを、不断思い出させるものである。記念のこの著名な形は、主に愛国または民族に対する気持ちを刺激するために使用されている。
  よりまれであるが等しく印象的な記念は、本質上過ぎ行く何かが、その動作を繰り返し続けることによって、永続的な形をとることである。例えば、何らかの聖域で守られ、絶え間なく燃える追悼の炎。本質上すぐ消えるもの(炎)は、自己消費の一段と優れたシンボルである。ここでは、自然の作用がいわゆる足踏み状態にされ、注目を集め心を動かすために、活躍されるのである。水も同じように活用され得る。噴水の戯れと音が、過去になったが忘れられていない何かの永続のリマインダーであり、惜しげない寛大な奉仕のシンボルである。
形は何であれこのタイプの記念の基本的特徴は、生活(人生)の流れにおけるすべての速攻や浮世性に対して、何か連続するもの、不変のものが着実に足場を保持し続けることである。
   以上のような形で、主を記念することには何の問題も見出せない。まさに、例えば山のてっぺんやその他重要な場所に十字架が建てられる所、この形がしばしば使用される。そこで十字架は聖像だけではなく、記念碑でもある。けれども、ミサの場合は異なった事柄が見られる。キリストが制定した記念は、動作の形をとっているが、その動作自体がある出来事、または出来事の集合、すなわち救い主の生涯と死、その復活を記念するものである。この出来事は、単に知性や心のレベルだけではなく、その独自の丸ごとの現実性において存在させるために、始まり・展開し・終わる動作という形で再現される必要がある。我々自身のつかの間の存在を見事に現すこの過ぎ去る動作には永遠が入り込む。このようにして、神の絶対的不変性のすべてが、この世の出来事の短いスパンに詰め込まれている。
  信者たちの参加も同じく動作であり、単なる見学でも、敬慕でもなく、共に行動することである。キリスト教の教えの観点から、生体礼拝はいかに不可侵であり、誤りに対して保持している明確な位置づけがいかに基本的かつ必要であっても、主の記念の根本、その動作的性格を、信者の意識の表面に出さない危険性がある。
   ホスチアが礼拝のために展示される時、変化はないという印象を与える。それは、イエスの記念という行為の与える印象とは正反対であり、信者はその行為に積極的に参加すべきである。この聖なる行為は、どのような形で行われるかを見てみよう。
  「これをしなさい」という命令を、外面的な意味でさえも、文字どおりにとって、聖木曜日(原注:  主がご聖体を制定なさった夜)に主がなさったことをただ単に模倣するとしてもおかしくないであろう。民族の伝統的風習や祭りに過去のことを語り継がれる事例は無数あり、歴史的出来事はドラマ化されることは広く好まれていることを証している。
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訳注:  歌舞伎、能、文楽(ぶんらく)、浄瑠璃などに過去を語り継ぎ、歴史的出来事を記念するような性格を持っている。例えば、近松門左衛門の『世継曾我』(よつぎそが、1683年)は、曾我兄弟の実話を基にしている。 曽我兄弟の父が、安元二年(1176年) 十月に、伊豆の伊東で従者によって暗殺された、伊豆奥野で行われた狩の帰途だった。暗殺の背景には、所領争いがあったという。
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キリスト教の思想も、ドラマとして表現されるのは何回も見られる。一例だけあげれば、由緒のある信心業、十字架の道行きがある。十字架の道行きはすでにエルサレムから始まり、そこでキリスト教たちは、ピラトの総督官邸からゴルゴタまでのイエスの実際にたどった経路を祈りながら歩いていた。

最後の晩餐で差し迫った死を記念するようにとのイエスの遺言は、自然に「アガペ」と呼ばれていた、原始の形での会食に導いた。それは、家族の愛し合うもの同士の食事のようなもので、そのすぐ後はエウカリスティアの司式が続いていた。事実、かなり長い間、こういう形で実際に行われていた。ところが、すぐさまもめごとが起こった。パウロの鋭い批判からして、深刻な問題であった。

   「それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならないのです。 
なぜなら、食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです。
あなたがたには、飲んだり食べたりする家がないのですか。それとも、神の教会を見くびり、貧しい人々に恥をかかせようというのですか。わたしはあなたがたに何と言ったらよいのだろう。ほめることにしようか。この点については、ほめるわけにはいきません。 
[....]
だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。 
従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。 
だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。
主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。 
そのため、あなたがたの間に弱い者や病人がたくさんおり、多くの者が死んだのです。」(1コリ11・20〜22, 26〜30)

   裁きを飲み食いするという、よく引用される聖句は、大罪の状態で聖なる食事に与る悪事という、よくある解釈ではなく、むしろ、聖なる食事の本来の意味、つまり信仰によって結ばれたもの同士の愛の表現、逆の意味にする態度を表している。
    各自が持ち寄った食べ物は皆で分かち合うものであった。好きなものを食べたい人がいたならば、その人は少なくとも他人の食べ物とはあまりにも違うようなことにならないように、注意すべきであった。ところが、このような注意を怠った裕福な者が、貧しい人々を侮辱するような料理を見せびらかしていた。その結果、あまりにも多すぎる人もいれば、あまりにも少なすぎる人もいたわけである。この愛の無さが、ふさわしくないまま、主の聖なる糧を飲み食いすると罪である。その背後に、もう一つの問題が見える。食事の物理性を強調すると、祝宴の核心となる神秘が感じられなくなる。これこそ、模倣の形が抱えている問題である。
同じ形で、キリストの死を記念しようとすると、同様の問題に陥るであろう。この試みは過去にもあったし、今でも人気のある神秘劇や受難劇が残っている。
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神秘劇または聖史劇(しんぴげき、せいしげき 仏:Mystère、英:Mystery plays)は、15世紀のフランスを中心に中世ヨーロッパで発達した宗教劇で、旧約・新約聖書に題材を得て、イエス・キリストの生誕・受難・復活の物語を主題とした劇のこと。奇跡劇(奇蹟劇、Miracle plays)とも呼ばれる。現在でも、教会でクリスチャンの有志たちによって行われることのある演劇である。
受難劇(英語: Passion Play)とは、イエス・キリストが十字架刑で殺され受難を受ける過程に関する劇で、特に聖週に世界各地で催される。日本でも、南山大学などで毎年行われている。
ドイツアルプスの村・オーバーアマガウで行われる世界最大のキリスト受難劇がある。1634年に初めて上演され、現在は10年に一度開催されている。野外劇場で行われる劇には2000人以上が登場するが、これらはすべて村人によって演じられ、オーケストラや聖歌隊、演出・大道具など、劇に関わるすべてが村人によってとり行われている。開催される年は、5月から9月までの間に100回以上上演され、上演時間は朝から夕方まで(途中昼休憩あり)。
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民衆は抽象的な概念より画像を好み、演劇によって過去が生きた現在に突っ込んでくる。受難劇の起源を見ると、それらは間違いなく宗教的なものだとわかる。多くの場合、何らかの宗教団体によって設立された。それらに参加することは光栄であり、それらに相応しい生き方が前提とされてきた。リハーサルとパフォーマンスを問わず、祈りや礼拝が先行していたし、もともと深い敬愛を特徴として持っていた。それにもかかわらず、最初からそれらは退化性の種子を運んできた。
   ドラマ的本能がすぐに支配的立場を横取りするということをさておいても、プライドと羨望の避けられない潜入、お金と成功から出てくるあらゆる悪をさておいても、ドラマ化(脚色)には、信仰の本能的謙虚さを傷つける何かがある。この負の側面は、演劇はシンプルで純粋に信心深いである限り、あるいは上演されるのは珍しい場合は必ずしも当てはまると限らない。それにもかかわらず、この負の側面を考えると、主によってキリスト教的生活の核心とされたこの記念は、定期的に模倣の形で行われなければならないとなると、耐え難いことになるだろう。
   ミサの記念は、演劇という形ではなく、典礼(liturgy)という形で行われている。
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「典礼」は、もともとギリシャ語で「公共の事業」あるいは「公衆のために行われる奉仕」を意味する「レイトゥルギア」(λειτουργια、ラテン語のリトルジア、英語ではliturgy; リタジー)の訳語である。神と人への奉仕であるキリストの教会の行為、またはそのための儀式一般を意味する一方で、儀礼の様式を指す概念としても用いられる術語である。キリスト教における公的礼拝の意味での典礼は、「公祈祷(こうきとう)」とも称する。
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記念される対象は、模倣されるのではなく、シンボルに翻訳される。
    翻訳する手続きは複数の部分に分かれる。ミサの最初の部分は、聖書から取った朗読と祈願で構成され、過越祭の会食における讃美の詩篇と家の主人による出エジプトの物語とだいたい対応している。それから、奉納においては、パンとぶどう酒という捧げ物が準備される。これは、マタイ福音書(26・17-19)に記されている、最後の晩餐のための弟子の準備をしのばせる。そのすぐ後に、イエスによる制定どおりに、祝福、感謝、聖なる拝領が行われる。
  もともとの形は消えた。もはや信者たちがそれを囲むような食卓はなくなった。その代りに祭壇がある。建築の配置によって祭壇が近くに置かれたとしても、あくまで信者から分離されている。祭壇に立つのは司祭であり、それに対向するのは、会衆として集められた信者である。祭壇の上に鉢や水差し、カップやお皿の類い何もおかれていなくて、それらすべてはパテナとカリスに集中された。パテナとカリスでさえ、日常生活のふだんの使い方とは大きく異なる形で作られている。司祭は神聖な食べ物をいただくやり方、信者に配るやり方は、通常の食事とは全く異なる方法となっている。食べ物自体の形は、それはほとんどパンとして認識できないと言われるほどに、霊化(spiritualized )されたものである。
  以上、現実の一つの次元から別の次元へのおきかえのプロセスを理解することは本当に重要である。それは、他のところでも見られる。例えば、人間の中に霊魂が生きている。ところが、その霊魂の命はそれ自体として自らを表わすことができないため、目に見えない。霊魂は自らを表現するために、まずジェスチャー、動作、言葉とならなければならない。つまり、我々はそれを把握できるためには、霊魂は自らを身体言語(ボディーランゲージ)に置き換えなければならない。ここで、ドイツ語で「ライブ(Leib)」と言われるもの、つまり心、マインドと身体の一致の本質的なものが横たわっている。「ライブ」は、単なる肉体ではない。かといって肉体から区別できるものでもない。「ライブ」は、単なる容器、または道具ではない。魂の目に見える現れである。

イエスにおいては、身体と魂のこの関係は崇高な形をとっている。神の子が我々のところに来たとき、ご自分のことを直接にロゴス[世界を構成する原理]として表さないで、人間となった。そこに、人間の肉体の中に神的現実が生きていた。その現実が神秘的な輝きや圧倒的なパワーとして現れなかった。むしろ、イエスという男の身体とその振る舞い、言葉、行為に置き換えられた(翻訳された)。その人間においては、神を聞こえるようになり、見ることができるようになった。聖ヨハネの生き生きとした表現を借りると、「言は肉となって、私たちの間に宿られた。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」(ヨハネ1・14)

    ミサはこれと同じような線をたどっている。最後の晩餐の部屋で起こった出来事は、その場で祝われていた過越祭の形を取っていた。イエスは食卓で座り、その周りに彼の「家族」のメンバー、弟子たちがいた。イエスはパン一個を取り、それを裂き、特別に荘厳な時に彼が使っていた声で、その上に普段の日常生活で使われていた言語で一定の言葉を述べた。それから、イエスはパン切れをゲストに手渡した。それは、以前の会食や以前の過越祭でなされたのと同じであった。いつもと同じように、杯を取り、感謝を捧げ、聖別の言葉を述べ、弟子たちに渡した。一行は、いつもと変わらない形で、食べて、飲んだのである。以上すべてが日常生活に即した形を取っており、その形はその後もいくばく保たれたのである。

    ところが、少しずつ形は変わり、典礼の形を取った。それから、動作は即時性を失い、セレモニーとなり、整然的なものとなった。あるところは暗示にすぎない、他のところは本質的なものを念入りに包み隠しつつ、拡大させる。パンは、特別に新たな外観をとり、ホスチアとなる。杯は、お祝いのカリスとなり、食卓は祭壇となる。家の主人の代わりに、任命された司祭がいる。述べられる言葉は、司式者の自発的な気持ちやインスピレーションから出たものではなく、厳密に規定されている。

   イエスの記念は、キリスト信者の生活に定着するために、このような形をとる必要があった。模倣の形では、めったにしか祝われることができなかった。模倣の形は頻繁に繰り返されるとなると、奇怪(きかい)なもの、人をまごつかせるようなものに流されたであろう。典礼の形ではありとあらゆる時、祝日でも平日でも、ありとあらゆる状況、悲しい時、嬉しい時、貧しい時、に祝うことができる。今や、毎日欠かせない奉仕となった。

  言うまでもなく、他の形と同じように、典礼の形もそれなりの危険性を持っている。当の形は、典礼の論理に基づいた勝手な拡大解釈を生じさせることがある。その場合、儀式偏重の動作は、本物の捧げ物を殺しかねない。本質的なものを理解するのは難しくなり、もつれさせられた形態は邪魔となる。さらに、典礼の形と写実的形の相違のゆえ、ミサと日常生活は分離し、相互の関係を見失う危険がある。以上の危険は現実となったのは稀ではない。そのために、今日の典礼の課題は、本来の形の完全な明快さと効力を取り戻すのに、最大の力を注ぐことである。

  信仰者は、重要な仕事を課せられている。それは、目で見たことのうちに本質的なものを識別することである。例えば、祭壇のうちに食卓を見、司祭のうちに会衆の頭(かしら)を、ホスチアのうちにパンを、カリスのうちに杯を見分けることである。信仰者は、厳密に規定された言葉づかいのうちに、感謝の晩餐を見分けなければならない。いかに敬虔であっても、不可思議な儀式、様々な祈願、聖歌、朗読、聖別と奉納の行為をただ「見守る」ことは不十分である。信仰者は、行われるすべての動作はシンボルに「置き換えられる」(翻訳される)ことをも理解しなければならない。愛する人を見るときは、我々はただ単にその表情やジェスチャーを観察するのではない。外見的現象から内面にあることを理解しようとするであろう。ミサの場合も、スケールは違うが、同じようなことが必要である。聖ヨハネが、自分のことと仲間の使徒たちのことについて、次のように語っている。


「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。―― 

この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。―― 

わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。 

わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです。 」(1ヨハネ114)


これは、極めて重要な箇所である。イエスは、神の子の生きた「公現」(Epiphany)であり、それとして父なる神の現れであった。彼自身がおっしゃった、「わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、わたしたちに御父をお示しくださいと言うのか。」(ヨハネ149)。たしなめるような口調は、イエスが言いたかったことはどれほど需要であるか、そしてそれはどれほど自明であるべきかを示している。イエスの弟子たる者は、イエスの前に立つ時、ただ単に神の反映ではなく、新しい人の新しい生きた視線で神ご自身を「注視」すべきなのである。ミサの典礼行為は、御父を「目に見える」ようにさせる、イエスの行為の正式的な表現である。



Monday, September 5, 2016

23 付録

23 付録

『金枝篇』(きんしへん、英: The Golden Bough)はイギリスの社会人類学者ジェームズ・フレイザーによって著された未開社会の神話・呪術・信仰に関する集成的研究書である。金枝とはヤドリギのことで、この書を書いた発端が、イタリアのネーミにおける宿り木信仰、「祭司殺し」の謎に発していることから採られた。 完成までに40年以上かかり、フレイザーの半生を費やした全13巻から成る大著である。民俗学・神話学・宗教学の基本書として高く評価される。和訳としては、岩波文庫(簡約本)をはじめ、4種類が出ている。
この『金枝篇』の第43章に、ディオニュシオスが取り上げられている。ディオニュシオスが殺されて復活した神として古代地中海で広く崇められいた。さらに、ディオニュシオスの死と復活は、儀式的な食事で記念されていた。ニーチェもディオニュシオスとキリストを対立させている。
  これを受けて、新約聖書はこうしたディオニュシオス神話の焼き直しではないかという仮説を打ち出した研究者が現れた。おそらく、グアルディーニは、ここでこういうことを念頭において、ディオニュシオスに言及していると思われる。グアルディーニ自身は古代ギリシアに造詣が深い。
初代キリスト教の専門家であったG. Lazzati は、古代世界におけるキリストの「予感」について書いている。例えば、ウェルギリウスは『牧歌 (Bucolica)』第4巻の中で、メシアの到来を思わせる子供の誕生日を歌っている。(J. Ratzinger-Benedetto XVI, L'infanzia di Gesù, Rizzoli-LEV, Milano 2012, p. 73 参照)。ディオニュシオス神話もその一例と言える。ミサの制定は、旧約聖書全体だけではなく、異邦人の文化をも包括するものである。ダンテは、『神曲』の中でウェルギリウスの指導に従っていることに、このような理由がある。
東洋文化はどうであろうか。東洋文化にもキリストの「予感」がみられるだろうか。例えば、「和光同塵」(わこうどうじん)という言葉がある。光を和(やわ)らげ、塵に同ずと読む。自らの才知を隠して、世俗に交わることをいう。『老子』4に「和其光、同其塵是謂玄門」とあるに基づく。これは、パウロのフィリピの第2章で述べている、「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」ということの予感と捉えることができる。
また、月の影の模様が兎に見えることから、「月には兎がいる」というのは昔から語られている伝承だが、これにまつわる話として、以下の伝説が語られている。 
猿、狐、兎の3匹が、山の中で力尽きて倒れているみすぼらしい老人に出逢った。3匹は老人を助けようと考えた。猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に食料として与えた。しかし兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができなかった。自分の非力さを嘆いた兎は、何とか老人を助けたいと考えた挙句、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだ。その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせた。月に見える兎の姿の周囲に煙状の影が見えるのは、兎が自らの身を焼いた際の煙だという。 
この伝説は、仏教説話『ジャータカ』を発端とし、『今昔物語集』などを始めとして多く語られている。これも、自分の体を倒れている人類のために捧げるキリストの「予感」と捉えられうる。

Sunday, September 4, 2016

26 時と永遠

26 時と永遠

   人間にまつわるすべての出来事は無常である。繰り返されることはないから、貴重なものである。過去となったことは何でも、いつまでも失われている。その代りに別のことが起こるだろうが、過去にあったことが戻ってくることはない。すべての瞬間は一度限りであり、いのちが、人生がいつも新鮮であるのはそのためである。我々の中で絶えず、やって来ることを歓迎し、失われつつあることを悲しむ何かがある。いのち、人生の美しさは苦悩と不可分である。いのち、人生の豊かさは、ぞっとさせるほどはかないものである。一時的なものは、いかに長く続くとしても、常にそっけない。永遠の正反対である。
   持続と言われるものも、つまり根を張り、成長し、成熟するものも、流れを止めるものではない、一時的なポーズに過ぎない。自然科学は、世界のエネルギーは失われることはない、と教えている。エネルギーと物質の形は変わりうるが、トータルは変わらない。如何なる仕事に消耗されたエネルギーは、結果に現れる。
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Rien se perd, rien ne se crée, tout se transforme.
「何も失われず、何も創造されず、すべては変化する」。これは、「近代化学の父」と称されるアントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ(フランス語:Antoine-Laurent de Lavoisier、1743- 1794)の名言である。「 化学反応の前後て、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない 」 という質量保存の法則を発見した。
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なるほど、不滅の作品や不滅の業と言われることがある。けれども、それは、大事にし、次の世代に伝える人がいる限り、真である。本物の不滅がどこかにあるだろう、と我々は皆そういうふうに考える。けれども、それは曖昧な直感であり、存在する権利の主張、価値あるものはいつまでも保存される不思議な領域がある、というような希望に過ぎない。
   この気持ちは、神と関連させられて初めて、より明確、より具体的になる。神は価値あるものすべてを、ご自分の永遠に受け入れる。しかし、不安な疑問は残る。人間にとって価値あるものは、実際にそうであるのか、そして神の前でもそうであるのか、という疑問である。
  「人の子」の場合はどうだっただろうか。ある意味では、イエスの生涯はつかの間であったことが著しく、辛いほどにはっきりしている。彼の生命が、人間のすべての生命のよいに、最期を迎えただけではなく、言葉で表せないその神的高価性は、早まったかたちで、悪質で破壊的な意志によって破壊された。我々は、なぜそのような最期を迎える必要があったのか、いつまでも驚く。けれども、イエスの生涯はこれに尽きるものではない。イエスの生涯には、その各々のステップとともに、その彼方にある既に完全なもの、すでに不死の世界に、絶え間なく深く浸透していた、という事実もある。
   我々の行動は、霊魂の意思決定によるものである。霊魂は不滅であるため、すでに永遠的な何かを持っている。ところが、意思決定は時間の中で始まり、時間の中で終わる。イエスの場合は違う状況があった。
これは完全な見通せない偉大な神秘である。地上の事柄ははかなさに埋もれている。我々にとって永遠とは、単なる希望に過ぎない。地上と永遠、我々はこの二つの間に橋渡しを作ることはできない。神のみができる、聖書の言う「新しい創造」を通して、「変容」させる。(ガラテヤ6・15; 2コリ5・17)時間的なものは消されるわけではない、永遠のうち引き受けられる。今は我々はそれについて何も概念を持っていない、ある性質を持つようになる。しかし、いつか、地上のはかなさにロックされている我々の考え全体は、自由をもたらすその性質を受けるであろう。そのとき我々は、「新しい天と新しい地」(黙示録21・1)とともに、永遠の現実を見る眼が与えられるだろう。そして、「主の思い」(1コリ2・16)が分かるだろう。
  このようなものの見方が存在し始めたのは、イエスにおいてである。彼はすでに、その性質、その眼、その思いを持っていた。彼はそれらを我々にもたらした。我々がそれらに参与できる道を作った。彼は「新しい人」、「新しい始まり」であった。彼が地上にいた間、新しい始まりはベールに包まれていたが、すでに存在していた。彼は地上の束縛とはかなさを最後まで担う必要があった。なぜなら、彼は我々の罪を贖うために、「すべての点で兄弟たち[我々]と同じように」(ヘブライ2・17; 2コリ5・21参照)ならねばならなかったからである。新しいものは、復活までは突破できなかった。
   自然法則を無視して、自由自在に姿を見せたり、また姿を消したりした不可思議な40日間の後、時間と永遠の間の、我々にとって不可解なこの躊躇の後、彼はおん父に戻り、今や完全に永遠な存在となった。かつて、神の子がその身体とそれにまつわるすべてのことを地上に残して、純粋な神性に戻ったと教える異端者がいて、それで神に子から世俗性の「汚点」を取り去ろうとしたのである。残念ながら、この教えはキリスト教的なものすべての本質を破壊してしまう。永遠の父のおん子は、神的な真剣さ、つまり取消不能の形で人間となった。人間となるということは、理想的な身体、あるいは一般的に並べ替え可能な身体ではなく、あくまで自らの特定の身体を持つことを意味している。聖ヨハネは、その第一の手紙で書いているには、まさにこういうことである。「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。―― この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。―― 
わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。」(1ヨハネ1・1〜3)
我々の手が触れた「命」や(身体)が、無感受性の形でだけではなく、ジェスチャー、行為、苦しみ、そして運命でもある。主に起こった全てが、彼の復活した身体に明白に現れる。聖書は、特にヨハネ福音書の報告で、目の玉が飛び出るような証しを残している。疑うトマスの箇所でヨハネが描く傷はいかに写実的で、深いものであったかを伺うことができる。トマスが主の命令、「あなたの手を伸ばし、私の脇腹に入れなさい」(ヨハネ20・27)に文字どおり従うことはできたというのは、それを物語っている。イエスの傷は永遠に彼の最も重要な存在に仕方に受け取られた、いわゆるイエスの生涯と運命のバナーである。
   イエスの生涯からは何も失われはしない、なぜなら、その生涯で起こったことは、おん父の定めに従って歴史的、時間的行為においてそのみ旨を行う意志の不滅性以外のものはなかったからである。キリストの生涯全体は、永遠に属するものである。その不滅性を示す二つの場面がある。一つは、サンへドリン(最高議会)の前で行われた、助祭ステファノの偉大な証言にある。「彼は聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。 そこで、彼は「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」と言った。」(使徒言行録7・55〜56) このイメージはマルコ福音書(マルコ16・19)にも見られる。これは、後にクレド(使徒信条、およびニケア・コンスタンティノープル信条)に組み込まれた形である。「父の右の座に着いておられる」。もう一つの場面はヘブライ人への手紙にある。この力強い箇所で、真なる大祭司イエスは、新しい契約の血の生贄という捧げ物を携え、おん父の主権の前に歩み、その正義との和解を得るために、「もろもろの天をとおって行かれた」(ヘブ4・14)、つまり時間という中庭を横切り、死の敷居を通って、永遠という至聖所に辿り着いたのである。
  時と永遠についての以上の考察をふまえて、イエスが弟子たちに託された記念はどのような意義を持つようになるだろうか。
  我々はここで、神の永遠の命と時間における出来事の関連性を明らめるというような試みをしたくない。そのようなことをすれば、両方を混同してしまうだろう。いつか我々は分かるようになるだろう。恩恵の賜物である復活した生命の把握、その「新しい何か」を与えられる時。今、我々にできるのは、贖われた存在という神秘を感じることである、復活に向かって、目線を低くして道を手探りながら。この世では、神の定めは、過ぎ去る出来事の連続で満たされる。しかし、神ご自身は永遠であり、いつもそいであったし、いつまでもそのように在り続ける。神は普遍的な空間でも、特定の空間または地域の両方でも自分自身を実現する。神は存在するのは、純粋な今・ここでである。神は自分自身を表すのは、様々な形、関連、属性である。しかし、神ご自身は、分割できない一体性である。従って、毎時(まいじ)はその内容でもって、神の永遠性に触れている。各地はその内容でもって、神の偏在性に触れている。また、形あるもの、固有性あるものすべてが、神の総括的な単純さの中に見出される。そして、神について真に語られることは、おん父の右の座に座っておられるキリストについても語られる。キリストのこの世での生涯が永遠に吸収されたので、彼の運命によって贖われた全ての地上の時と、取消不能な形で、結ばれている。主のこの世での生涯が
彼が愛する一人一人に直接適用可能であり、従ってあらゆる場所、あらゆる状況に適用できる。キリストを信じる人はいつでも、直接にキリストに触れることができる。それは、神の子としてだけではなく、地上での彼の豊かな贖罪的存在をもった神人との接触である。聖パウロが言うように、すべての信仰者には計り知れない神秘が展開する。「神の右の座に着いて」(コロサイ3・1)おられる「上なる」キリストは、同時に「下なる」信仰者の「内」におられる。幼児期、成熟期、苦しみ、死と復活という、救いをもたらしたキリストの生涯と運命の豊かさ全体が、各自のクリスチャンにおいて新たな形で展開し、そうすることによって本当の不滅の存在を形作るのである。
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原注:  「ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです。 こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、 ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。」(エフェソ4・11-13)参照。
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「生きているのは、もはやわたしではありません、キリストがわたしの内に生きておられる」(ガラテヤ2・20)のである。
  主を信じるとき、贖いをもたらすキリストのいのちが信じる人のいのちとなるとき、一般的な形で誰にでも起こることは、特殊的な形で、独特な形で、イエスご自身が制定した記念にも起こる。キリストの代表者が、キリストの言葉をパンとぶどう酒の上に話すとき、キリストが永遠から、一定の場と時に現れ、パンとぶどう酒という被造の形式において、彼の救済力全体と共に、生き生きとした存在となる。この世に経験できる事柄のうち、以上の聖なる手順に近づくものはない。可能であるか、不可能であるかは我々から言えるものではない。すべての始まりの始まりであるこの真理を、神の「信仰の神秘」として受け入れる以外は、何も残らない。人間は、真理の呼びかけを受け、それに従い、身を任せ、その思考はそこから新たな出発点を得る。この出発点が与えられ、それを受け入れると無限の可能性の鍵となる。
  知性によってこの真理をコンセプトに突き止めてみたり、言葉で表現しようとしたりすると、非常に難儀となる。けれども、事柄自体は難解であろうか。言葉は的外れになりがち。実は、難解というより、神秘的である。この神秘へのアプローチの仕方によって、非常に難儀となり得る。それは、カファルナウムで、イエスの啓示を拒否した人々のような意味で、難しくなる。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか」(ヨハネ6・60)。この難儀さは、新たな出発点に対する反感であり、狭い世界に閉じこもること、真の光から自分自身を遮断すること(ヨハネ1・5-11)を、意味している。正直に理解を求める人であれば、誰でも、表現できなくても真実を感知するであろう。今一度カファルナウムの場面に戻ってみよう。「こういうわけで、わたしはあながたに、『父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない』と言ったのだ。このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなかった。そこで、イエスは十二人に、あなたがたも離れて行きたいか、と言われた。シモン・ペトロが答えた。主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」(ヨハネ6・65〜69)
これは、救出のわざである、理解し尽くさなくても、信じるのである。「信仰の神秘」という文言は、二つの意味を持っている。まず、注意を促している。人間的な価値観を基準に判断すること無かれ。だが、招きでもある。救いをもたらす真理の有り余るほどの豊かさを感じる、あなたも贖われた心を信じなさい、と。