Sunday, August 7, 2016

第2部 22

k第2部  ミサの本質

前置き

本書は読者がミサに本物の参加ができるように準備することを目的としている。第一部では、完全な参加ができるように、そして維持するための態度を取り上げた。この第2部では、主の記念自体を取り上げ、理論的情報より、やはり神聖な行為への準備を目指す。
  両部のテーマは密接につながっているので、繰り返しは避けられない。一定の文脈において必要な概念があれば、読者は別の場所を参照することは期待すべきではない。しかも、何回も強調して言われてきたように、本書は読者を正しい実践に導くためにあるので、正しい実践を言い換えれば練習となるから、繰り返しには訳があるといえるだろう。

22  制度としてのミサ

信仰生活は、人間を神に結ばせることである。神についての単なる知識または体験ではなく、実際の一致である。神は存在する。人間も存在するが、その存在は神を通してのみ、神の目の前でのみ、可能である。神から人間へ、そして人間から神へと、地上におけるどのような絆よりも、両者の間は実在で、いのちに関わる絆がある。神と人間のこの絆が人間経験、人間の考え方、振る舞いに影響を与えるのが、我々の信仰生活である。
    信仰生活は二重の方向を取ることができる。信仰が日常生活に入り、様々な仕事や葛藤、人々と物事に関わり、作業や職業と関連する。
  ある人は、厳格な義務感で職務を受け入れ、実行することによって、神のみ旨を果たそうとする。別の人は、神的戒めを破りたくないので、不公平な行いを拒否する。もう一人は、
英雄的な忍耐で辛抱し、キリストへの愛のために誰かを助ける。
  これらすべてが本物の信仰生活である。以上三つの行き方は偽らない信仰の表れである。これらの行き方において信仰が日常生活の心髄となっている。聖書で言われる「神に従って歩む」(創世記17・1, 24・40)ことである。
  ところが、信仰は日常生活から離れ、直接に神を求めることもできる。ある信仰者は、外なる仕事や出来事から離れ、聖書を黙想する。自分の関心事を神と関連付けて、神の観点から自らの振る舞いを振り返り、新たな知恵と力を得る。あるいは、みことばを受け入れるために、礼拝の集会に参加し、そこで神のみもとに自らの意向を捧げる。礼拝のために集まる会衆は、その場所自体からして、普段の生活から離れている。
  この両方の方向は善いことであり、実に互いに支え合っている。直接に信仰を表す行為において人は、我に帰って、光と力を受け、より高い心意気で日常生活に戻る。また、日常生活で体験される仕事や葛藤、運命から厳粛に礼拝堂に行く必要性を感じる。礼拝堂でまた、新たな光と助けを受ける。日々の生活が要求することが常に信仰の真偽をテストしている。その中で、単なる信心深い感情と重みのない幻想を認識することができる。
   ミサ聖祭は、信仰生活の第二のカテゴリーに属している。それは、直接に神を求める一つの方法だけではなく、神と信者の間の直接的な関係の心臓部である。クリスチャンは教会に行くとき、彼はくだんの世界に背を向け、神のために聖別された場所に入るのである。そこで彼は、会衆の他の人々と一緒に、神のみ顔の前で神聖な奉仕を捧げる生きた捧げものとなる。
   今一度大切な区別を設けなければならない。信仰生活の第二のカテゴリーで神を求めるのに行われることは、直接に我々の経験や要望から出てくるのではない。また、我々は教会で集まるのは、大きな一般的必要性応じて我々の差し迫った意向を表すためでもない。もちろん、これも可能であり、人間に可能な最も強力な敬神体験でもある。すべてが神から造られ、すべてが神に帰る、その神の前で一致して集まること。
  ところが、ミサ聖祭で起こることは異なっている。ミサとは、自らを理解し得る、霊的に自らを贖い得る存在の直接的な表現ではない。時の流れにおける感情より、賛美の言葉と啓示の行為を形作った能力の産物ではない。むしろ、前々から独立的に一回限り永遠に、設計され秩序づけられ、妥当と定められたことである。その都度、個人や会衆の神との関係から生じるものではない。神から信仰者へ降るものであり、信仰者がそれを認め、それに身を委ね、それを行うように、との要求を伴う。ミサが存在するのは、キリスト教徒たちの独創力によってではなく、キリストの制定によってである。
  したがって、誰でもミサを祝うということはなく、権限のある人のみできる。父親は家長(霊的な意味でも)とされる文化圏では、家族全体に拘束力のある習慣や祝日を制定することができる。
  それと同様に、宗教的身分のある人、司祭は、あるいは(霊的な権威のある場合)国王は、一定の教区や王国において、一定の祝日を制定することができる。宗教史には、無数な事例がある。
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訳注:  聖パトリックの祝日(英: St Patrick's Day、セントパトリックス・デー)は、アイルランドにキリスト教を広めた聖人聖パトリックの命日。3月17日。カトリックにおける祭日であり、アイルランド共和国の祝祭日。アイルランドでは何世紀も前からこの日を祝う伝統が受け継がれてきたが正式に1903年より祝日となり、イギリスから独立後徐々に祭礼日として成長した。
  感謝祭は祝日となるアメリカ合衆国の祝祭日(ナショナルホリデイ National Holiday)のひとつである。現代の感謝祭では、宗教的な意味合いはかなり弱くなっており、現代アメリカ人の意識の中では、たくさんの親族や友人が集まる大規模な食事会であり、大切な家族行事のひとつと位置づけられている。
祇園祭(ぎおんまつり)は、京都市東山区の八坂神社(祇園社)の祭礼で、明治までは「祇園御霊会(御霊会)」と呼ばれた。貞観年間(9世紀)より続く。京都の夏の風物詩で、7月1日から1か月間にわたって行われる長い祭である。祭行事は八坂神社が主催するものと、山鉾町が主催するものに大別される。疫病の流行により朝廷は863年(貞観5年)、神泉苑で初の御霊会(ごりょうえ)を行ったことから始まった。
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  しかし、我々は今検討している制定は、一定の家族、民族、帝国にだけ効力があるのではない。むしろ、すべての人種、すべての時代のための祝賀の絶対的規範、霊的生活の核心であると主張される。誰であっても、このような制定を定める権限を持つ人間は一人もない。すべての本物の権威は神から来るとしても、このような絶対的な権威を持てる地上の権威は存在し得ない。
 神は、すべての人種すべての時代にとって義務的行為を定める人を立てたことがない。それは、出来ないからという意味ではなく、ただ単にそうはしなかったということである。普遍的に唯一の制度としてのミサを制定したのは、神からの使者でも、預言者でも、祭司長、王でもなかった。それは、永遠なる父のひとり子、この世に受肉した神であった。ご自分のことについて、「わたしは天と地の一切の権能を授(さず)かっている」(マタイ28・18)と言われた。すべての人種、すべての時代に救いの言葉を述べるのは彼である。が、預言者の述べ方とは異なる。「昔の人は、、、、しかし、わたしは言っておく」(マタイ5・21-28参照。何回も違いは強調される)。「わたしの父はわたしを通してあなた方に語ってくださる」ということさえ言われない。むしる、「まことにまことにわたしは言う」、そして「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(マタイ24・35)、また、「全世界に行ってすべての造られたものに福音を述べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける」(マルコ16・15〜16)と付け加える。山上の説教の終わりの方に、ご自分の言葉への従順だけは永遠のいのちの唯一の土台である、それ以外の事柄に基づいたいのちは、神の目の前で、無に帰する、と宣言しておられる(砂の上に建てられた家の譬えを参照、マタイ7・24〜27)。
  奇跡は、興奮なしに誇示せずに行われている。奇跡に対するイエスの穏やかさ、理解し切った態度は、なさりたいことは何でもやり遂げることに慣れた人の態度である。どこでも旧約聖書における神の自己啓示は、ご自分が主である、物事の主だけではなく物事から独立して主である、自らの権限で、在りて在る者であるから、という態度で貫かれている。主権が彼に属するものである。これと同じような主権がキリストにもある。
  神にのみ限られて使われていた名称、「Kyrios Christos キュリオス・キリストス」は早い段階で、子なるイエスにも使われたことは偶然ではない。イエスの現れ方は、とっくの昔に定められた結論、当然の結論の容易(たやす)さという性格をもっていた。なぜなら、彼は実際に主であったから、彼の主権は物質世界だけではなく、それより果てしなく偉大主権、律法と契約に対する主権に及んでいたからである。ファリサイ派の人々は、イエスの弟子は安息日に麦の穂を摘んでいたことで、律法を破っているととがめた時に、イエスは答えたのは、「人の子は安息日の主なのである」(マタイ12・8)ということである。安息日の主ならば、律法全体の主でもある。最後の晩餐で、イエスは古い契約が満たされ、新しい契約は制定される、と正式に宣言している。新しい契約、信仰生活の核心と原動力は、それはユカリスティアであった。(ルカ22・20参照)
我々は事の次第を詳しく知っている。マタイ、マルコ、ルカの諸福音書は、イエスが死ぬ前に弟子たちと一緒に最後の過越祭をどのように祝ったかを描いている。その祝い方は伝統的な形とはかなり異なるが、その間に自らの記念における新しい祝日と、自らの血における新しい契約を制定した。ヨハネ福音書は、かファウルヌムでの説教を伝え、その中でイエスは人々にご自分の肉と血のユカリスティアを約束している(ヨハネ第6章参照)。最後にパウロは第一コリントの手紙、第11章でユカリスティアに言及している。そこでパウロは強調しているのは、主ご自身がパウロに啓示したことである(1コリント11・23)。
   イエスが制定したことは、その後、神によって批准された。この事柄に関しては人間は何かを創り出し決定するように呼ばれていない。人間の役目は、命令に従い、行動することである。その上、神によって制定されたことは、保護と指導のために特別な権威に委託されている。
   主がまず神秘を制定し、後は信者の信心深いインスピレーションにませた、というようなことも考えられる。もし、そうしていたならばその神秘は歴史を通じて、各国権力、人種、エポックの特殊性によって形成され着色されたであろう。その中心的なテーマの展開は信仰者の経験や創造力に引き渡されていたであろう。
  しかし、キリストがそうはなさらなかった。キリストは、自由に流れる精神またはその時々の宗教的インスピレーションに任せたのではない。むしろ、彼自身が確立した職務に委託した。ご自分の弟子は、ばらばらの個々人として、雑多の信念や経験を持つ個々人として生きるように望んだのではない。逆に、構成統一的なもの、言い換えれば教会として生きることを望んだ。使徒たちを選んだ時すでに、教会に職務と権威を付与されていた。「はっきり言っておく、あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる」(マタイ18・18)。「あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾け、あなたがたを拒む者は、わたしを拒むのである」(ルカ10・16)。この職務は歴史全体を通じて確立された。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28・20)。そのために、使徒たちはその職務を渡す事のできる後継者がいなければならない。
  この職務に、教会に、キリストが制定なさったことが託されたのである。教会の権威が聖なる奉仕の形態の詳細を定める。それは、何世紀の過程で諸民族や時代の特性に適応されたものの、その核心は同じのままである。それを保持したのは教会である。適応自体や違いは歴史的状況によって成り立ったのは部分的であり、主たる原因は教会の職務自体にある。常に活躍してきた教会の責任者たちは、細部を適応し並び替えたが、全体の統一と効果を保ってきた。
このことから、我々に求められる態度は分かってくる。それは、信仰と敬虔さと生き生きとした参加である。我々の態度は、個人の経験や独創性にのみ導かれるべきではない。個人任せといわけにいかない。賜物を受け入れる、そして命令に従う、これが正しい態度である。信者は、ミサに出席するとき、自分の宗教的感情を表現するためにも、特別な信頼を被る霊的才能を持った人の指導やインスピレーションを受けるためにも、行くべきではない。信者たちは、神よって確立された秩序に入るために、所定の奉仕に参加するために、ミサに出席するのである。
  典礼の細部に関する批評はある程度ゆるされるだろう。しかし、評論家となる資格はどんな高くても、宗教的自己表現が上手でも、本質に関しては個人的要望や好き嫌いすべてを捨てなければならない。これは、信者が子供扱いされる、ということを意味しない、単なるドメイン(領域)の明確化である。理にかなっていれば批評に意味がある。ミサの批評には何の意味もない。街の照明システムを批判することができても、太陽の批判は何の意味もない。一定の庭の配列に欠点を見出すことはありうるが、自然的秩序、植物の成長、胚芽、成熟に関してはナンセンスである。ミサの場合は、スケールは比べることはできないが、それと似ている。主の制定は啓示に属するものである以上、天地創造そのもののスケールに属するものである。これを確認するのは、天地創造ということを理解できるための鍵となる。それを受け入れるのは、聖域への第一歩である。




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