Friday, April 11, 2014

十字架学

十字架学

飛行機に乗ると、酸素マスクの付け方が教えられています。まず、大人がつけて、次に子供につけてくださいと言われます。これは一つの知恵でしょう。先ず自分を助けて、後で他人を助ける。これは人間的知恵の特徴でしょう。

キリストは自分を救うことができなかったとあります。自分を助けることは知恵であれば、自分を助けることのできない状態は、一つの愚かさでしょう。自分を助けろことのできない子供に自動車の運転を任せますかね。十字架は神の愚かさを示しています。人間的な知恵とはとてもいえません。

例えかたが悪いかもしれないが、レストランに行ってメニューを見て、美味しそうな料理を注文したとしましょう。それで、持ってくるのは、なんと、ごめんなさいね、ウンチのかたまり。驚きますね。いただけません。

ユダヤ人たちが何百年メシア、救い主を待っていました。神様に熱心にお願いしていました。神の答えは、神の最高の知恵は十字架でした。自分を助けられない救い主。ユダヤ人たちにとっては、ウンチにようなものでした。

なぜ、人間の知恵と髪の知恵の間にこれだけのギャップがあるのか。
人間の知恵は素晴らしいことがあります。まあ、例えば携帯電話、スマートフォンのようなとても便利な技術があります。その反面、困った知恵もあります。例えば原子爆弾。原子爆弾は、先ず自分を助けるために作られて、他人は助からないのは止むを得ず、というような論理ですね。

神様には原子爆弾を上回る知恵があるはずのですが、それは原子爆弾より大きな力ではなくて、十字架のような愚かさです。神の愚かさは人間の知恵より強いとパウロは言いますね。

なぜでしょうか?これは


世の中は、食うか食われるかの世界と言われます。
十字架を勉強すれば、その通りだとわかります。
さらに、なぜそうなっているのか?
なぜ、そうなったのか。
誰がそうしたのか?
必ずしも、そうでなければならないのか、
あるいは別の世界も可能なのか。
十字架を勉強すればこれらのことは全部わかります。

草食動物と肉食動物




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