Friday, April 18, 2014

今となっては、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び

今となっては、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び
読み方:たえがたきをたえ、しのびがたきをしのび

昭和天皇による敗戦の宣言の一節です。

終戦の詔勅 しょうちょく(天皇の発する公式文書)(玉音放送)中の一節で、「我慢できないほどのもの(降伏)を、それでも我慢して」という意味とされる。日本の降伏を伝える玉音放送の中でも、特に象徴的な文言として著名である。

(ぎょくおんほうそう)とは、天皇の肉声(玉音)を放送することをいう

この一節でしか多くの人々には記憶されていない(いや、それすら知らない人の方が多いのかもしれません)、あの昭和天皇の、先例を破った肉声放送は、その後の日本の方向を暗示するかのように、極めて曖昧で難解な表現をとっていました。

あの「玉音放送」の文章を読んで即座に、日本が敗北し、無条件降伏するという意味をつかみ取ることは、たいへん困難でした。

そもそも、天皇は「敗北」とか、「降伏」などという表現は、その放送の中でも、まったく使っていません。「戦局必ズシモ好転セズ、世界ノ大勢マタ我ニ利アラズ」と述べているだけで、極めて巧妙な作文でした。この時点ですでに300万人以上が犠牲者となっています。

そこから、占領軍の上陸へと続きます。8月下旬、焼け野原、焦土(しょうど)と化した日本に上陸した占領軍兵士が徐々に見出していったのは、驚くべきことに、敗者の卑屈や憎悪だけではなく、平和な世界と改革への希望に満ちた民衆の姿でした。

 「敗戦の2、3日後には進駐軍があふれた。ほんの1週間前まで"鬼畜米英を倒せ"と刺(さ)し違(ちが)え死ぬつもりの私達(たち)はすっかり米兵の魅力にとりつかれ、お土産いっぱい持って毎日来るあの人達と仲良くなるのに時間はかかりませんでした」

敗戦後日本人の苦難の歩みを描いて,日本中に感動を巻き起こした,敗北を抱きしめて立ち上がった民衆の類まれな経験を語り尽くす.名著があります。









iPadから送信

No comments:

Post a Comment