Sunday, April 20, 2014

Pentecost A

聖霊降臨A

【ヨハ20:19-23】

6. 日本人の「道」の思想
内田樹氏の『日本辺境論』(新潮新書)を読んでいて、日本人の「道」についての面白い論述があった。日本人はどんな技術も「道」にしてしまう。柔道、剣道、茶道、華道、香道。この何でも道にしてしまう思想の本質は何か。要するに、道の思想とは、この道の果てに「完全」があるという思想で、今はわたしは「道の途中」にあるという現状認識である。「日暮れて道遠し」とか、「学ならぬままで死んでも、悔いなし」という価値意識である。この場合重要なことは「道上にいる」ということ、「途上」とか「途中」ということで、これからのことはよく分からないし、先の方は見通しがついていないが、とにかく一歩づつ進めば、完成にに至るという信念である。その信念さえあれば、現在の自分がいかに未完でも、未熟でも、あるいは先のことが理解できなくても正当化できる。この道の思想は師弟関係において具体化される。弟子は師に勝らない。弟子が不出来でも師は完全である。わたしにはわからないことがたくさんあるが、先生はすべてを理解している。
ここで論じられている道の思想は聖霊論と重なる。師はもちろんイエス・キリストである。わたしたちはイエス・キリストを目標として生きているが、キリストのことを理解している訳ではない。そこに到達する道が「霊の導き」である。霊に導かれて一歩一歩進めが、たとえ牛歩のような歩みでも、必ずいつかはイエス・キリストに到達できる。たとえ、到達できないで死んでも、悔いはない。重要なことはその道の上にいるかどうかということである。

No comments:

Post a Comment