Saturday, June 16, 2012

6 per annum B


年間第6主日B

マルコ1・40-45

「重い皮膚病」は聖書の中で以前は「らい病」と訳されていましたが、1996年の「らい予防法」廃止を契機に新約聖書・新共同訳で「重い皮膚病」と訳されることになりました。差別的なニュアンスのある「らい病」という言葉を避けるためであり、また、聖書の中のこの病気が現代医学の「ハンセン病」と同じだとは言い切れないからです。しかし、「重い皮膚病」と言ってしまうとあまりに漠然としていて、古代から続くハンセン病の患者たちの大きな苦しみを感じることができなくなってしまうかもしれません。

最近のハンセン病の国家賠償請求訴訟の報道で、元患者さんたちがマスコミの前に堂々とお出になるようになりました。比較的後遺症の軽い方々がテレビに登場されたのですが、それでも、顔の表情が変わってしまわれたり、手の指が失われていたり、関節が曲がったままになっていらしたり、歩けなくなる方もいる。症状が進むと、失明もするのです。そうするとここを「重い皮膚病」と訳すのは、やはりこれもまた十分ではない。だいたい現代では、「重い皮膚病」と言えば、ハンセン病のことを連想する人はまずいないでしょう。むしろほとんどの人は、「アトピー性皮膚炎」を連想することでしょう。
 しかしいずれにしても、十分な訳語が見つからないこともまた事実でありまして、それがまたこの問題の歴史を表しているようなものなのです。

さて「らい病」と判定された者は一般社会から隔離された所に住み、普通の人と交わることはもちろん、近づくことさえ許されていなかった。人が近くに来ると、「汚れた者、汚れた者」と叫んで、その存在を知らせなければならなかった。ただ神だけがらい病を清めることができるとされ、らい病人の清めはメシヤがもたらす終末的な祝福の一つとされたいた。

洗礼者ヨハネが弟子を遣わして、「『来るべきかた』はあなたですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」と訊ねた時、イエスはこう答えておられる。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。 11:5 目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」また、イエスは十二弟子を宣教に派遣するにあたって、こう言っておられる。「 行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。 10:8 病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。」(マタイ一〇・七~八)。これらの箇所で「らい病人の清め」が他の病気の癒しとは別の種類の業として扱われていることが注目される。それは「清める」という動詞が示唆しているように、単なる身体の病気の治癒ではなく、「汚れた者」として神の民の交わりから断たれていた者が「清い者」として再び神の民の交わりに迎え入れられることを意味している。「らい病人を清める」ことは、「死人を生き返らせる」ことと並んで、終末時の神の業として特別の意義を持っているので、マルコは一人のらい病人の癒しを他の多くの癒しの業の中に埋没させることなく、詳しく伝えるのである。

やはり、ここでらい病は罪を背負っている人間の状態を描くシンボルだと思われます。神も隣人も愛せない人間がらい病患者のようなものだ、そのような恐ろしい難病にかかっているようだ、というわけです。

さて、イエスがガリラヤのある町におられた時、「ひとりのらい病人がイエスのもとに来て、ひざまずいて願って言った」。らい病人は人に近づくことも許されていなかった。彼がその律法の枠の中に止まっていたならば、救われることはなかったであろう。彼が癒されたいという切なる願いと、イエスに対する信頼とによって、律法という隔ての垣根をあえて踏み超えて、イエスのもとに来てひれ伏した時、救いが始まったのである。イエスも律法を超えてらい病人を受け入れておられる。イエスのもとにひざまずくらい病人、そこはすでに律法を超えた場である。

 「あなたはわたしを清めることもできるかたです」と彼は言っている。らい病人を清めることが神の終末的な業であることを考えると、本人は自覚していたかどうかはわからないが、この告白はイエスを終末的メシヤと告白する重大な意味を持つものになる。とにかく彼は人間の力が絶する所でただイエスの中に働く神の力だけに頼り、「それがあなたの意志であれば」と言って、自分の死生をイエスの意志に委ねて、その足元にひれ伏したのであった。

この一言にこの人の、すべての思いが語られているように思えるのです。なんというすばらしい信仰告白の言葉でしょうか。誰にも解決できない、治すこともできない、そして言われなき差別と偏見、そして自ら「汚れた者」と言わなくてはならない屈辱の中に生きてきた。しかしこの人は言葉を発しました。「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」‥‥イエスさまならいっさいを解決することがおできになりますと。

すると、イエスさまは手を差し伸べて、その人に触れました。イエスさまは病気をおいやしになるとき、いつも手を触れたわけではありません。言葉だけで命じて、病気をいやされたことも多いのです。しかしこの時は、手を差し伸べて、この人に触れました。これを見ていた人はどんなに驚いたことでしょうか。誰も触れない、いや触れてはならない病気にかかった人、その人に主イエスは手を伸ばして触れられたのです。群衆の目が、そのイエスさまの手に釘付けにされたことでしょう。
 そして主は言われました。「よろしい。清くなれ。」そしてその人のらい病はいやされてしまいました。
 これがキリストの奇跡です。イエスさまの奇跡は、愛の奇跡です。ただ人を驚かすだけの奇跡ではありません。そんなものは奇跡ではないのです。誰も触れることのなかったところに手を伸ばして触れられ、いやして下さる方です。これが私たちの主です。この方が、私たちのためにも十字架にかかってくださったのです。この方が、私たちの生涯の主です。私たちと共に歩まれる方です。感謝ですね。

常識の世界に住んでいる人間が、信仰の青空を見上げると、そこに奇跡という雲がかかっていて、理解を妨げているように見えます。信仰のある人にとっては、奇跡は当り前かもしれません。しかし又、信仰を求めていながらまだ得られない人にとって、奇跡は実にやっかいなもので、天国の門前にいるお鬼のようなものです。奇跡が信仰を生むのか、信仰が奇跡を生むのか。どちらが先か分からない問題の例として「たまごが先か、にわとりが先か」というのがあります。しかし、信仰は人間の産物ではなくて、神の賜物だとすると、奇跡が分からないと言って思い悩むのではなく、信仰を与えて下さいと願い求めることが大切です。そしてその信仰は、復活のキリストに出会うという経験によるのです。生けるキリストに出会って倒される。そして彼に起こされる。すると倒される前の自分と、起こされてからの自分とでは本質的に全く異なっている自分を発見するのです。復活のキリストとの出会いという最大の奇跡を経験すると、他のもろもろの奇跡は、いかにもイエスにふさわしいものに見えてくるから不思議です。

このらい病人は神の力を体験した喜びのあまり、自分の身に起こった事を語らないではおれなかったのであろう。彼がこの事を言い広めたので、ユダヤ教当局からイエスはメシヤを自称して民衆を扇動する者ではないかと疑われるようになり、町に入り会堂で公に宣教することができなくなり、町の外の寂しい所で教えるようになった。これまでは「諸会堂に入り、福音を宣べ伝え」ておられたのに、これ以後は会堂での宣教はごく僅かになり、おもに海辺や家の中、山辺や旅路で語られることになる。それでも、イエスが行かれる所にはいつも律法学者たちがいて、イエスの言動を監視し、批判し、論争するようになる。

福音書のテーマの一つは、イエスに対する人間の無理解があります。親しい少数の弟子たちですら、聖霊降臨の経験を得るまで、十字架のイエスを理解していません。まして一般の民衆たちは、奇跡を行ない、病気を治してくれるイエスを崇め敬いますが、世の罪を負って十字架に向かうイエスには無関心です。イエスは病気の治療を使命の一つとして引き受けながらも、神を愛して十字架の道を歩むことを教えるという、真の救済に至る福音には程遠いことを感じて、口止めしたのではないでしょうか?

主よ、
自分の利益だけを求めようとする
心の病を癒してください。
あなたの愛をもっと深く知り、
あなたのように愛する恵みを
お与えください。


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